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回顧・アンタファガスタ事件

オンタイムのブログ

5月5日(金)

カラマからアントファガスタまでバスで3時間。

到着したバスターミナルで事件。

ホテルにチェックインした後すぐ警察署へ直行。

詳しくは1ヶ月後くらいに報告します。





そして5月17日のブログで事件の顛末を掲載した。

時間は3週間ほど前にさかのぼる。

5月5日、カラマから商業と港湾の都市、アントファガスタのバスターミナルに着いた。

アントファガスタ州の州都、人口30万人の都会だ。

なのでバスターミナルもそれなりに広い。

まずはトイレ、それからコーラを買ってターミナル内のベンチに座って一休み。

左手から人が来てベンチの左隣に座った。

横目で見ると首まわりと腕にもタツーをした若いあんちゃんだ。

さらに続いて左手から中年のおっちゃんが歩いてきて、

Ray次郎の目の前に立ち止まった。

右のポケットに手を入れて何かを取り出したが、

その時くしゃくしゃになった紙幣がRay次郎の足元に落ちた。

気づかない様子なので拾ってあげて声をかけた。

あなたのですか?とゼスチャーで示すと、

中年のおっちゃんは左隣に座っているタツーあんちゃんを指差し、

そっちからだろうみたいな素振り。

視線を左に向けあんちゃんに紙幣を見せると、ペラペラとスペイン語で話し始めた。

スペイン語分からない。

ペラペラとスペイン語。

分かんないってば、、、。

終いに怒った風の顔をしてベンチから立ち上がり、左手に歩いていった。

怒ることないのになあ、あっけに取られて見ていたが、

視線を戻すと立ち止まっていたおっちゃんの姿はなかった。

この間数十秒もなかったと思う。

しかし、この短い時間の間でRay次郎のサブリュックは見事に消えていたのだ。

しかも、Ray次郎はまだ消えていたことに気づかず、コーラを飲んでキャップをし、

小さいリュックにしまおうとして初めて気がついた。

リュックが無い!!

辺りを見渡しても二人の姿は既に無い。


その時のショックたるや、言葉では言い表す事ができないが、

あえて言うならば、「茫然自失」。


大きなリュックは右足元の床に置き、小さなサブリュックはさらにその右側に置いていた。

なので大きなリュックは右足に触っていたが、小さなサブリュックの感触はなかった。

自分の視界の中で安全だと思っていた油断を、まんまと視線をずらされて裏をかかれた。



サブリュックに入っていた物を金額の高い順に並べると、

1.ノートPC

2.Kindle電子書籍(ハードもさることながら購入した本30冊以上の金額も含む)

3.iPod(100枚以上のアルバムが入っていた)

4.ハズキルーペ

5.ユニクロのダウン

6.モンベルの折り畳み傘

7.地球の歩き方 ペルー.ボリビア

8.地球の歩き方 チリ.アルゼンチン

9.年間手帳(旅のスケジュールと出発してからの金銭出納帳記載)

10.三色ボールペン



アンタファガスタのバスターミナルには午後2時に着いた。

そして事件が起きた。

これからどうしよう、頭が真っ白になった。

ホテルにチェックインした後、気を取り直してまずは警察に出向く。

いちいち写真を撮る余裕もなく、とにかく必死だった。



警察署の盗難係の対応は親切だった。

盗難された仔細をゼスチャーを交えて話し、リュックの中身を1点ずつ説明した。

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(盗難前にたまたま撮っておいた写真です)


1時間にわたる聴取を終え、盗難レポートを出してもらいたいとお願いしたが、

後日報告書を作成し、メールに添付して送ってくれると約束してくれた。




なんであの時ちゃんとリュックを膝の上に置かなかったのか、めげた、気持ちが折れた、

PCが無くなってしまったショックは、2~3週間解消しなっかった。


回顧・ダンカンの歌

2017年5月4日(木)

ウユニからチリの首都、サンチャゴを目指します。

今日はイミグレを通過してカラマまでバス紀行。

バス乗車時間8時間、出入国のイミグレと荷物検査に4時間。

朝4時に出発したバスがカラマに到着便したのは、午後4時。

長い1日でした。



回顧編では、、。


朝4時出発の長距離バスを待つ。まだ町は闇に包まれていた。

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ウユニからチリ・カラマまでは約400キロある。

小さな町を抜けると、まったく緑のない禿山と荒地ばかりを走る。

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4時間ほど走ったあとにバスは停車した。

小さなプレハブ小屋がボリビアのイミグレオフィスだった。


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オフィスが開くまでの間に、野菜スープを食べ、

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出国カードを記入して待つ。

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オフィス前で並んでいると、

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ペルー・ラパスの丘で会った韓国人青年たちと偶然再会した。

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4月30日のブログ記事に掲載した、ラパスのキリキリの丘で撮った写真、

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彼らもウユニからバスに乗り、カラマへ向かう。

カラマからはサンペドロアタカマ経由でアタカマ砂漠を目指すらしい。

雄大な自然と塩湖のある砂漠で、チリ観光では有名なところだ。



ボリビアのイミグレを通過し、バスは5分ほど走って砂漠の中で停まった。

チリ側から別のバスがやってきて、乗客と荷物を乗せ換える。

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ボリビアから来たバスはここから引き返し、

チリ側から来たバスは国境を越え、

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チリのイミグレオフィスで停車した。


今度は入国カードを記入する。

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ボリビア側のオフィス前では1時間待たされたが、チリ側では2時間待たされた。

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ボリビア⇒チリの国境を通過するのに、

たかが2キロほどしか離れていないのに合計4時間もかかった。

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さらに砂漠地帯を4時間走り、

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カラマの町に着いたのは午後4時だった。

朝4時に出発してから12時間かかったことになる。

バス停についてからはたと困った。

チリの通貨を持っていないことに気づいた。

タクシーをつかまえて運転手に聞いた「ボリビアのお金を受け取れますか?」

答えはNOだ。

重いリュックを担いで両替店を探し、ボリビアのお金と手持ちのドルを両替した。


ホテルは町から外れた郊外にあり回りには何もなかったが、

幸いレストランが1階にあり、夕食にありつけた。


カラマはサンチャゴへ向かう途中下車の町で、なにもする予定がない。

夜は部屋にこもって本を読んですごした。



夜10時ころ、隣の部屋からなにか怪しげなうめき声が聞こえてきた。



あっ、これってポール・サイモンの「ダンカンの歌」の出だしにある歌詞と同じだ。

Couple in the next room bound to win a prize,

They've been going at it all night long,

Well, I'm trying to get some sleep,

Lincoln Duncan is my name and here's my song,


訳詞はこうだ。


隣の部屋のお二人さんは 賞でも狙っているのか?

一晩中頑張っている

モーテルの壁は薄く耳につく声で 僕は眠れない

僕の名前はリンカン・ダンカン

これから歌うのは僕の歌だよ



初体験をうたった歌で、

そして 僕の長い童貞時代は終わった

と歌われている。



「ダンカンの歌」の歌詞のように、 all night long ではなかったが、

声がやむまではかなりの時間がかかった。

終わってから、、、やれやれこれでやっと眠れると思った。

回顧・ウユニ塩湖ツアー

2017年5月3日(水)


ウユニ塩湖ツアーに行って来ました。

マチュピチュより、ナスカの地上絵より感動しました。

地球上では自然がこんなに素晴らしい風景を

造り出してくれれるのか。

8時間のドライブはあっという間に過ぎてしまいました。

「回顧・ウユニ塩湖ツアー」をいつかアップします。



上記がオンタイムでブログにアップした記事です。

「回顧・ウユニ塩湖ツアー」では、、、、




ボリビアのアンデス山脈に囲まれた盆地に、小さな町ウユニがある。

ここは言わずと知れたウユニ塩湖観光のベース基地の町で、

町中にはツアーガイドの旅行社とホテルとレストラン、土産物屋しかない。

朝10時、前日に予約したウユニ塩湖ツアーのオフィス前で待っていると、

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小さな子供たちとその親たちが、遠足にでも出かけるのだろうか、大勢集まっていた。




ツアー用の4駆は約束の時間より30分も遅れてきた。

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アルゼンチンから来たという青年の二人組と現地の若いカップル、

それにRay次郎を乗せて、ウユニ塩湖へ向かう。



最初は舗装の道。アルパカ?が車道を横切った。

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最初に案内されたのは、砂漠の真ん中にある列車の墓場。

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イギリスの会社が、ボリビアで産出された資源を運び出すために鉄道を敷いた。

だが、資源を海外へ輸出するためには海岸線まで行かなければならない。


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1940年代まではそれが可能だったが、チリとの国境争いに敗れ、

太平洋へ抜ける領土を失ってしまった。

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資源を運び出せなくなって、イギリスの会社は鉄道を放棄した。

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かくして車両は、主人に捨てられてから長い年月をへて、朽ちていき、

行き場のない線路の上で、


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あたかも芸術作品のような趣でここにある。

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ウユニ塩湖ツアーのトイレ休憩とランチを食べるだけに設置されたテント村に着いた。

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数十台の4輪駆動車がツアー客を乗せてきているが、

メーカーを見てみると、100%日本車が占めていて、

95%以上がトヨタのランドクルーザー、

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日産のパトロールという車種の4駆が2台だけだった。

トヨタの圧倒的な力を見せつけられた感じだ。


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ツアー客のお土産はアルパカ。

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お堂のような小屋が建っていて、中には塩で作られた塔と人形が展示されていた。

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ツアーはランチ付きで、ビーフステーキが出された。

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テント村の周りには住居らしい建物が並んでいるが、人は住んでいない。

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鉄道と一緒に廃墟になったのだろう。

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砂漠の中の道なき道を走ると、

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やがて見渡す限り白銀の世界に入り、こんもりとした塩の山が幾列も作られていた。

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ウユニ塩湖の中央に位置するところに塩だけでできた「塩のホテル」がある。

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1泊のツアーだとここに泊まることになる。

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ホテルに隣接して国旗の掲揚台が設置されている。

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アルゼンチンから来た青年にうながされて、トリック写真の準備をし、

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オーソドックスな絵を撮った。

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そもそもなぜ標高が3400メートルもあるこんな高地に、塩の湖ができたのか?

はるか昔、アンデス山脈が海底から隆起した際に大量の海水が山上に残ったため、

この広大な塩湖が形成されたといわれている。

海水が埋めきれなかった場所が島になって残った。

それが、サボテンが数千本生えているインカ・ワシ島だ。

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ひとりで島の頂上を目指して登っていたが、途中で日本語が聞こえてきたので、

合流させてもらった。

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日本の旅行社にツアーをセットしてもらい。

マチュピチュとウユニ塩湖では日本語ガイドをつけてもらった、

会社勤めの女性2名。

そう言えば、日本はゴールデンウイークの時期だった。



ボリビア人のガイドがお勧めするポーズをとって写真を撮る。

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彼女らとは島で別れ、4駆はいよいよ「天空の鏡」と言われる場所へ行く。

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夕日が完全に沈むまで待つ事になった。

ここでスマホの電気が切れて、以降写真を撮ることができなくなった。




ここからは全部若谷さんという女性から送ってもらった写真だ。

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我々の4駆グループがいる場所から100メートルほど離れた場所から、

楽しそうに歓声をあげて写真を撮りまくっているグループがあった。

日本から来た女性だけのグループらしい、日本語がここまで聞こえる。

彼女らに写真を撮ってもらい、あとでメールに添付して送ってもらおう。

途中靴に水が入るような深い場所もあったが、100メートル歩いて近づき、

訳を話してお願いした。

快諾してもらい撮った写真が上記のものだ。

ブログに彼女らが撮った写真も掲載したい、、、とさらにお願いした。


そして、以下の文章と一緒に彼女らの芸術写真が送られてきた。

斎藤様

返信が遅くなり申し訳ありません。

置引きに合われてしまったのですね。それは大変でしたね。

日本人はカモにされてしまうので気をつけないとですね。。

ブログで紹介いただけるとのこと光栄です。

写真をお送りします。

以上、若谷


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5月3日にブログ掲載を約束したのに、実現できたのは10月18日になった。

遅くなってしまい申し訳ありませんでした。

若谷さん以外のお二方にもよろしくお伝えください。

ありがとうございました。






やがて、ウユニ塩湖は夕日の中に沈んでいった。

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冒頭にも書いてあるが、

マチュピチュよりナスカの地上絵より、ウユニ塩湖には感動した。

今は旅を終えて記事を書いているわけだが、

次に感動したのはイグアスの滝だ。

その記事はあと1か月ほど待ってもらうことになる。

ブログは続くよ、どこまでも

2017年10月17日(火)


前にお約束しておりました「回顧編」をこれからアップするつもりです。


5月5日にチリでパソコンを盗まれてから、8月17日に新しいパソコンを受け取るまで、

ブログ記事に写真を掲載していませんでした。

撮りおいた写真を整理し、写真を見てまた思い出し、

ああ~そうだったと、数か月前のことを記事にして書いていこうと思います。



旅の途中とは違いWiFiの環境は抜群だし、

長時間バスに揺られたりすることはありませんが、

日本にいたらいたで、何かと遊びや用事や付き合いができるもので、

毎日のように「回顧編」をアップすることはできないと思います。

約100日分の記事に写真を掲載し、

文章を再校正するのにどのくらいかかるかなあ?

来春くらいに終わればいいと考えていますので、

まあ、気長に「回顧編」にお付き合いください。



次回は2017年5月8日、「回顧/ウユニ塩湖ツアー」から再開します。