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プラハ城がオレンジの空に浮かんで

2017年9月7日(木)

本日は5人全員そろってのプラハまち歩きになった。

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乗り放題のツーリストパスがあるので、

Ray次郎を除く4名はカレル橋のたもとから丘の上のプラハ城までトラムで向かう。

Ray次郎は歩いて向かい、プラハ城で落ち合うことにした。

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橋の上では何組かの音楽家たちがチップを求めて演奏をくりひろげ、

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披露する芸がない物乞いは、ひたすら喜捨をお願いするだけだ。

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カレル橋からモルダウの流れを眺め、

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坂の途中からプラハの市内を見下ろした。

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プラハには10何年前に来たことがある。

その時の記憶ではプラハ城に入る前に大きな広場があり、

城に掲げるチェコの国旗が何者かによって反政府の旗に置き換えられた事件があった。

入口はそこしかないと思っていたので、

みんなとはその広場で待ち合わせすることにしていた。

歩いて広場前に着き、エントランスの場所を確認すると、

城の裏側にも入口があり、そこのほうがトラムに近いことが分かった。

4人はトラムに乗ってくるのでこの入口に来るはずだ。

う~む、迷った。城を大きく迂回し、20分かけて裏の入り口に着いたが、4人はいなかった。

国際電話をかけて所在を確認したら、トラムを降り、裏の入り口(セキュリテイーあり)から入り、

城内にある通路を通って正面の広場にいるということだった。

Ray次郎は正面広場のセキュリテイーチェックを見て、

ここから先はチケットを買わないと入れないと勘違いして、迂回して裏口へ来たが、

なんのことはない、セキュリテイーチェックを受ければチケットを買わなくとも

城内の通路を使って直線距離で広場に出られるのだ。

迂回する必要はなかった。

お互い表と裏の入口でセキュリテイーチェックを受け城内に入り、

城内にあるチケット売り場で待ち合わせすることにした。




チケットを買い、大聖堂に入る。

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どこの大聖堂も息をのむような荘厳さがあるが、

素人写真ではその荘厳さが伝わらないだろうなと思う。

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チェコの画家、ミュシャが描いた女性像がステンドグラスになっていた。

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ミュシャはアール・ヌーボを代表する芸術家のひとりに数えられている。

当たり前のように「アール・ヌーボ」と書いたが、正確な意味は知らない。

ネットの「雑学万歳」というページから抜粋引用すると、

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アール・ヌーボーとは、「新しい芸術」という意味のフランス語。

19世紀末~20世紀初頭の約30年にかけて、ヨーロッパやアメリカでおこった革新的な芸術運動です。

そのコンセプトは、「産業革命以降、粗悪になった実用品に芸術性を取り戻そう!」というもので、

芸術性が求められる様々な分野の作品に波及しました。

ゴシック美術や、日本の浮世絵の影響も非常に受けています。

 して、その特徴は?

と言いますと、つる草のように、うねる曲線を多用して組み合わせた、という点ですね。

物凄くわかりやすい例を挙げれば、

スペインの建築家として名高いガウディの作品でしょう。

また、エミール・ガレやルイス・C・ティファニーによるガラス工芸品、

花瓶などのインテリアにおける作品も非常に有名ですね。

ポスターではアルフォンス・ミュシャも有名です。

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ということになる。

ちなみに対する「アール・デコ」とは、

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デザインに凝りすぎたアール・ヌーボーに代わって、簡潔さと合理性を目指したもので、

その特徴は?と、言いますと、

すっきりとした幾何学的な線とパターン化された模様を取り入れた点です。

のちにアメリカへ波及すると、蒸気機関車から高層ビルまでアール・デコ様式が大ヒット。

特に、ニューヨークの摩天楼が代表例です。

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ということになる。

プラハ城の隣にある「黄金の小道」。

通りの名前は、皇帝ルドルフ2世がここに金細工師を住まわせたことに由来する。

時代は下り、この通りに建てられた11軒の小さな家に、城の番兵とその家族が暮らしいた。

さらに時代は下り、チェコの有名な詩人で作家のフランツ・カフカが2年間暮らしたのは、

写真左手前の青い家です。

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プラハ城から坂道を下り、トラムが走る河畔まで歩いた。

トラムに乗って向かう先は「Staropramen」という老舗銘柄のビール工場。


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チェコはビールの消費量が世界一なのだそうで、ビール工場も多い。

グランパの強い希望もあってビール工場見学となった。


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会津若松城近くにある酒蔵見学のようなもので、

実際に稼働している設備は見られないが、

展示室に設置している設備は見ることができる。


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部屋に入ると、照明がともり解説のナレーションが流れる。

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ツアーの最後の部屋はビアパブになっていて、

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有料だが、代表銘柄のビールを飲むことができる。

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チェコ産のハム・ソーセイジに玉ねぎの酢漬けに、

4種類のビールの中では黒ビールがおいしかった。


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今夜の食材探しにプラハ東駅にあるスーパーに寄る。


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スーパーの手提げかごは無料だが、手押しかごは有料になっている。

コインを入れて鍵を外して使う。

手押しかごはまた置き場に戻して鍵をかけるが、コインは戻ってこない。


買い物をすませレジで清算し、エコバッグに入れている間に、

Shinaさんが手押しかごを返しにいった。ここでちょっとしたことが起きた。

男性がShinaさんに近寄り、「このコインはあなたのものですか?」と手の平のコインを見せた。

英語は聞き取れなかったが、ジェスチャーでわかったというShinaさん。

全然相手にせず、手を振って男性を追い払った。

大正解だ!!

ガイド本に載っているスリ警戒記事を丹念に読み、

頭にたたきこんできたShinaさんならではの行動で、旅人の見本になるべき人だ。

置き引きされたRやスマホをすられたYに続いて「Sの悲劇」が起きなくてよかった。


今夜のメインはオムレツ、Ray次郎が作ることになっている。

トマト、キューリ、卵、生野菜パック、チーズ、パン、ビールは欠かせない。

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旅に出てから覚えた野菜オムレツ、卵10個で5人前を作った。

料理人のようにうまく形は作れないが、そこそこいける。

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料理を終えると9時。もうすっかり日は暮れて、アパートの窓の四角い額縁には、


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オレンジの空にプラハ城が影絵のように浮かんでいた。

新世界より別世界に

2017年9月6日(水)

グランパ、Shjnaさん、Akiさんの3人はプラハから北30Kmにある

北ボヘミヤ地方にあるネラホゼベス村へ出かけた。

プラハからはのどかな田園地帯が続き、気分はすぐボヘミヤ人になった。

駅につくとさっそくドボルザークの生家を訪ねた。

祖父が肉屋、父が旅館を営んでいた家だ。

ドボルザークはこの家で14年間を過ごした。

家の前を走る鉄道が大好きで毎日飽かずに眺めていた。

なのでこの家には当時の鉄道の写真などが展示されている。

ドボルザークは苦学の末にチェコはおろか世界にも名前を知られる存在になった。

アメリカの音楽院院長として招聘されたのは1888年(47歳)、

それから4年間をアメリカで過ごした。

そして1893年にあの有名な「新世界より」が発表された。

アメリカという「新世界より」故郷ボヘミヤへの郷愁を込めて作曲された交響曲は、

日本ではベートーヴェンの「運命」、シューベルトの「未完成」と並んで、

3大交響曲と呼ばれることもある。

クラシックに詳しくない人でも、

「遠~きや~まに日は落ちて、、、」と歌詞をつけられたメローデーを、

小学校の下校時に流された曲で覚えておられるだろう。



彼の郷愁の想いを、列車から見たボヘミヤの田園から想像できた。

生家を見て彼の生涯を回想していた時、「新世界より」の曲が流れ始めた。

Shinaさんは曲に引き込まれ、同じように郷愁のなんたるかを感じたのだろう。

彼女の目から光るものがあふれ、そしてひとすじ、ふたすじ流れ落ちた。




Shinaさんとはもうすでに1週間旅を共にしている。

彼女は、一口に言えば軽妙洒脱、快活で周りを明るくしてくれる存在だ。

その彼女が感極まって、涙を流すとは、、、。

一緒にいたAkiさんも涙は流さなかったまでも、大感動であった。


一方、グランパのほうはというと、昨夜のんだ睡眠薬が

今日の昼になって効き始め、眠くてしかたない。

ふらふらして、座ってはいけない生家にあったイスに座ろうとして注意された。

新世界より別世界へまぎれこみそうになったグランパであった。



Shinaさんはこの話を夕食のときに、真面目にかつ面白おかしく、みんなに披露した。



(記事は事実に基づいていますが、多少脚色してあります。

グランパとShinaさん、ごめんなさい)


プラハ2日目は部屋から出なかった

2017年9月6日(水)

プラハの2日目。

グランパ、Akiさん、Shinaさんはドボルザークの生家のあるマサリクへ小旅行、



Yuさんはひとりでプラハまち歩き、Ray次郎は下痢気味で終日部屋から出なかった。

個人的な事情が生じて日本とのメールのやり取りをしたり、

ブログをアップしたり、次に向かうウイーンのアパートのオーナーに

到着時間や5人分のパスポート情報などを入力したりして過ごした。

プラハ初日

2017年9月5日(火)

ライプツヒ中央駅から高速鉄道に乗ってプラハへ向かう。

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途中ドレスデンの駅で乗り換えがあるので、待ち時間を利用して、遅めの朝食をとる。

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駅構内を巡回するポリスマンは黒い犬にマスクをさせていた。

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プラハには40分の遅れで午後2時に到着した。

今日から3泊はアパートタイプの部屋を2部屋予約してある。

レセプションがないので、ホテルスタッフに電話して遅れる旨を伝えた。

駅構内でツーリストパスを購入してから、タクシーでアパートに向かう。

端正な顔立の青年が我々をアパートのドアを開けて迎えてくれた。

アパートにはエレベーターがない。しかも予約した部屋は3階と5階だ。

女性の重い荷物を青年が軽々ともって5階まで階段をかけあがり、

また別の荷物を持ってかけあがりして、部屋に運んでくれた。

Shinaさんがチップをいくらあげれば良いか聞くので、

「5ユーロでも充分すぎるくらいだよ」と言っておいたが、

最後に彼女らの部屋を後にするこの青年にShinaさんは10ユーロあげたらしい。

よほど感激したのか、ひとめぼれしたのか分からないが、

部屋に落ち着いてからも、この青年の話題を持ち出して、

「10ユーロをあげようとしたら、そんなにいっぱいはいただけませんという態度をして、

それが初々しくて可愛いのよ、、、高校生くらいじゃないの?」

いやもっと上だな、大学2年生で19歳。

私は22歳くらいだと思う。

1ユーロを賭けて年齢の一番近い人が総どりすることにした。

Shinaさんが一番若く見て、22歳に賭けたYUさんが4ユーロをゲットした。


午後4時にアパートを出て、旧市街広場まで歩く。

出迎えてくれたのはアラジンの不思議なランプだった。


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広場にある天文時計。

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時計の上部は修復中だったので絵にならない。

ホテル近くのレストランで早めの夕食を取って、本日は終了。