「正露丸」から「オロナイン」へ移行中

南インドを紀行した全記事と世界旅行をした一部記事は

「Ray次郎の正露丸放浪記」に記載していました。

この「正露丸放浪記」はいつか消滅させられる運命にあります。

そこで自分の記録と思い出のために、「オロナイン放浪記」に記事を移行しています。



サンフランシスコは坂の街

2017年4月1日(土)

サンフランシスコのホテルに着いたのが4月1日、午後1時。

まだチェックインできないので、大きな荷物を預けてまち歩きを始める。

ダウンタウンから海岸端にある観光地・フィッシャーマンズワーフまでは2キロほどだ。

たいしたことはないとたかをくくって歩き出した。

ところが急こう配の上り坂が行く手に待ち伏せしていた。

超えたと思ったら今度は下り坂。

それが200mおきに続いてみなさい。これはもう山の峰渡りをしているようだ。


40分歩いて(いや山歩きをして)ようやくフィッシャーマンズワーフに着いた。

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ここで有名なのはクラムチャウダー。

丸いパンを外側の皮だけ残して大きな穴を作る。

そこへ熱いクラムチャウダーを流し込み、くりとったパンを添えてある。

冷たいコロナビールと一緒にいただく。

さっきまで汗をかきかき歩いた疲れがふっ飛ぶようだ。

うまああ~~い、おいっしいいい~~!!

乾いた喉が喜びの雄たけびをあげている。


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桟橋から海を見るカモメ。

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サンフランシスコ湾に浮かぶアルカトラス刑務所。

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かってアル・カポネが収監されていたことで有名。

クリント・イーストウッドが主演した映画もあったなあ。


帰りもしっかり山の峰渡りをしてホテルに戻った。

結局歩きまわること4時間、チェックインは午後5時だった。


明日もここまで来てから、ゴールデンブリッジを目指すつもりだ。

今度は少し迂回することになるが、ケーブルカーに乗ってこよう。

坂の街サンフランシスコを徒歩で歩き回るのは、気違い沙汰なのだと思い知らされた。

快適なビジネスクラス

2017年4月1日

健司と別れてから、ビジネスクラス専用の搭乗口から入る。

機内への搭乗もビジネス専用口から。

座席に座ると、布製のスリッパとポシェット、イヤホンが配られた。

フルフラットに寝そべるとはいかないが、リクライニング状態で足は十分に伸ばせる。

20分ほどで飛行機が安定飛行にはいると、メニューが配られた。

和食のコースを選び、生ビールを頼んだ。

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和食コースの副菜、お造り、小鉢。





そして主菜とご飯、味噌汁と香の物。


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コース料理外のメニューからチーズの盛り合わせと九州産の大吟醸を頼み、

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今夜の〆として一風堂の空ラーメン。



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映画は上映が終わったばかりの「ラ・ラ・ランド」を観た。


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行きたいと思って見逃してしまった映画だったのでラッキー 💛



出発の日



4月1日、いよいよ世界一周の旅が始まる。

新潟駅発10時15分、野上が駅まで見送りにきてくれた。

立ち話だけだったけど、ありがとう!!



成田空港発17時10分、健司が見送りに来てくれた。

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彼は旅行会社に勤務、海外赴任は17年にも及ぶ。

今は保育園へ孫を送り迎えするのが仕事らしいが、

現役のころは成田から何十回と海外へ飛んだ。

独りの旅立ちは淋しいもんだと分かっているから、松戸から1時間かけて来てくれた。

餞別だと言って店の払いをしてくれた。

ありがとう!!


孫のSotaが旅先の福井から電話をくれた。

Sotaには「じいちゃんは旅に出るよ」とは話しているが、

たぶん旅とはどんなものか理解していない。

電話口の隣から「じいちゃん、気をつけて行ってきてね」という長女の声が聞こえた。

Sotaがオウム返しでそれを繰り返した。ありがとね。



じいちゃんはいつもの返事で「じゃあ、またね」と言ったが、

「またね」が1年先になることも、Sotaはまだ分かっていない。




所持品/ My belongings

2017年3月24日

いよいよ残すところ出発まであと6日になった。

万全の準備をしてきたと思うが、最後は65Lのリュックに荷物をつめる作業が残っている。

前回のインド旅行では18キロも詰め込んで往生したので、今回は15キロ以内を目指す。

前回との違いで増えたものはガイドブックの冊数、1冊から5冊に。
(南米2冊、モロッコ、エジプト、北欧)

欧州で合流する人に後半のガイドブック5冊を持ってきてもらう事にした。
(ヨーロッパ、インド、東南アジア、ミャンマー、タイ)

書類などを容れるファイル1冊。

Eチケットや寝台列車、フェリーの予約券、持参しないガイド本の地図コピー、

保険証、ビザ取得のための写真や書類、鉄道パス、国際免許証などなどが入り、

かなりの厚みのファイルになった。

自撮り棒(前回はそんなものはまだ販売されていなかった?)

自分の手作り名刺100枚。

旅行する予定の国の名前や携帯番号、メールとブログのアドレスなど英語で記載した。


逆に減らしたものは、

髭剃器とシェービングローション、ヘヤーシャンプーとボデーソープ(どちらも石鹸で済ませる)

双眼鏡、梅干しの缶詰、インスタント味噌汁、タオル、衣類も下着とシャツが数枚ほど減っている。

日記や本の類。(前回は5~6冊あった)



前回同様重い荷物はPC、電子書籍、電子辞書、スマホ、アイポッド、デジカメと

それらを充電するための6連ソケット、ソケット交換器、充電器などの1式。

それに薬の類(風邪薬、胃腸薬、整腸薬、下痢止め、虫よけ、かゆみ止め、

酔止め、オロナイン、正露丸、目薬)


変わったものとして、ジップロックとレンジでも温められるタッパーウエアー。

高齢者には量の多い海外の食事、余った料理を持ち帰りするための必需品だ。

高そうに見える日本製の腕時計をやめて、2,000円のデジタル時計をする。



全部詰め終わって担いでみた。感じでは十分15キロ以内だったので安心した。

かなり減っているので、覚えていない雑貨もなにか減らしたのだろう。




必要なものがあったら現地調達すれば良い。

無人島に行くわけでもなし、同じ人間が生活しているところへ行くんだから。