ついに遭遇、南米の伝統芸

2017年5月27日(土)

今日は土曜日、車も人も少なく町の通りは閑散としている。

北野旅館でサンテルモ館の住所を書いてもらった紙を手にし、小さなリュックを背中にしょって、

一方通行の小路をキョロキョロしながら歩いていた。

短く散髪したばかりの頭に何か落ちてきたので、
上を見た。

通りの建物からだれか水でもまいたのかと思ったが、だれもいない。

そこらじゅうから酸っぱい臭いがする。

髪を触ってこれかと鼻に近づけると、強烈な酢の臭いがする。

反対側の歩道からテイッシュを手にしたあんちゃんが、スペイン語でなにか喋りながら近づいてきた。


おお~、ついに遭遇したぞ南米の伝統芸。総称して「ケチャップ強盗」

ガイド本にさんざん注意喚起の記事があり、

実際にチョコレートをかけられた経験のあるルーさんからも話をきいていたので、

このあんちゃんが伝統芸の後継者であることはすぐに分かった。

当然無視して歩く。

まだ近づきそうな歩みを見せたので、手を振ってあっち行けサインをした。

それで諦めたのか、テイッシュをポケットにおさめて歩き去った。

無事サンテルモ館にたどり着いて、テツさんとリュックを見たら緑色をしたソースのようなものが点々と付着していた。

後で聞いたらテツさんも久美さんもリュックに液体のようなものをかけられた経験があるそうだ。


自分にも来るとは、、、、。

南米の伝統芸の洗礼を受け、これで晴れて真の日本人旅行者になりました。



ブエノスの日本人宿、サンテルモ館

2017年5月27日(土)

ブエノスの宿ホテル.オレイは繁華街の中にあり、さしずめ新宿のような地区にある。

前回の記事でお分かりのように、「地球の歩き方」を盗られていて歩き方が分からない。

ネットで調べたらブエノスの下町地区に日本人宿がある。

そこへ行って旅行者が置いていった「地球の歩き方」があればゆずってもらおう。

一軒めの宿「北野旅館」では、本は一冊しかないのでと断られた。

そこで教えてもらった別の日本人宿、サンテルモ館へ行く。

ロビーで管理人の徹(テツ)さんと話をした後、一緒に昼飯でも食べに行こうということになり、

オーナーの久美さんも加わり、地元の食堂に入る。

チキンとビーフステーキを一人前づつ、ビール大瓶1本、久美さんはスプライト。

料理をわけあいながら話が弾んだ。

オーナーの久美さんはアルゼンチンの永住権を取るために大学に通っている。(フォルクローレ専攻)。

2階の宿に4部屋、管理人部屋、シングルルーム1部屋、ツインルーム2部屋、

3階に自分の住居の建物を購入して、この春からホテルを開業した。

管理人のテツさんは、ブエノスにある「日本旅館」で10年間管理人をしていたが、

そこが閉鎖になったので今はサンテルモ館にいる。

地元のサッカーチーム、サンロレンツの熱狂的なサポーターを10年以上続けている。

毎週のようにスタジアムに行き、応援している。

こちらの旅の話やらリュックを盗まれた話やらで盛り上がり、

ワインも1本追加して1時間半の長いランチタイムになってしまった。

聞けば全室空いている。この二人の雰囲気の良さに引かれて、今夜からここに泊まろうと思う。


新宿のホテル.オレイをキャンセルして、下町浅草のサンテルモ館へ移動。

小さい食堂のテーブルを囲んでテツさんと2人で夕飯。

最初はビールで、次はテツさんはラム酒、Ray次郎はウイスキーの水割りと、互いのいつものコースに移行する。

テツさん「演歌を聴きましょう」とパソコンを持ち出した。

二人でカラオケで熱唱していたら、久美さんも食堂にやってきて、三人でうなって合唱。

テツさんは唄に合わせて踊り出す。ほかの二人はこぶしを握って五木ひろしになりきっている。

ここは演歌酒場か?

酒は自前だが、ソーセージのつまみや牛肉入れ雑炊はオーナーのおごり。

やっぱりこの宿に移って良かった。




ブエノスに来る予定の旅行者への口コミとして

「ブエノスの日本人宿 サンテルモ館」という題名で記事をアップしました。

アントファガスタ事件

時間は3週間ほど前にさかのぼる。

5月5日、カラマから商業と港湾の都市、アントファガスタのバスターミナルに着いた。

アントファガスタ州の州都、人口30万人の都会だ。

なのでバスターミナルもそれなりに広い。

まずはトイレ、それからコーラを買ってターミナル内のベンチに座って一休み。

左手から人が来てベンチの左隣に座った。横目で見ると首まわりと腕にもタツーをした若いあんちゃんだ。

さらに続いて左手から中年のおっちゃんが歩いてきて、Ray次郎の目の前に立ち止まった。

右のポケットに手を入れて何かを取り出したが、その時くしゃくしゃになった紙幣がRay次郎の足元に落ちた。

気づかない様子なので拾ってあげて声をかけた。
あなたのですか?とゼスチャーで。

すると中年のおっちゃんは左隣に座っているタツーあんちゃんを指差し、そっちからだろうみたいな素振り。

視線を左に向けあんちゃんに紙幣を見せると、ペラペラとスペイン語で話し始めた。

スペイン語分からない。

ペラペラとスペイン語。

分かんないってば、、、。

終いに怒った風の顔をしてベンチから立ち上がり、左手に歩いていった。

怒ることないのになあ、あっけに取られて見ていたが、

視線を戻すと立ち止まっていたおっちゃんの姿はなかった。

この間数十秒もなかったと思う。

しかし、この短い時間の間でRay次郎のサブリュックは見事に消えていたのだ。

しかも、Ray次郎はまだ消えていたことに気づかず、コーラを飲んでキャップをし、

小さいリュックにしまおうとして初めて気がついた。

リュックが無い!!

辺りを見渡しても二人の姿は既に無い。


その時のショックたるや、言葉では言い表す事ができないが、

あえて言うならば、「茫然自失」。


大きなリュックは右足元の床に置き、小さなサブリュックはさらにその右側に置いていた。

なので大きなリュックは右足に触っていたが、小さなサブリュックの感触はなかった。

自分の視界の中で安全だと思っていた油断を、まんまと視線をずらされて裏をかかれた。



サブリュックに入っていた物を金額の高い順に並べると、

1.ノートPC
2.Kindle電子書籍(ハードもさることながら購入した本30冊以上の金額も含む)
3.iPod(100枚以上のアルバムが入っていた)
4.ハズキルーペ
5.ユニクロのダウン
6.モンベルの折り畳み傘
7.地球の歩き方 ペルー.ボリビア
8.地球の歩き方 チリ.アルゼンチン
9.年間手帳(旅のスケジュールと出発してからの金銭出納帳記載)
10.三色ボールペン


PC.パソコン以外は、悔しいが、こちらで代替品を買うことで諦められる。

PCも現地で買えば、というアドバイスもあったが、

日本で購入して全部セットアップしてから送ってもらうことにした。

後でわかったが、スペイン語圏で売っているパソコンはキーの配列が違う上に

「N」の文字の上に「~」のマークがついていたりして、使い勝手が悪そうだ。

アフターサービスや補償の問題もあるので、

日本のメーカーのPCを送ってもらうことにして正解だった。


そんなわけで、今はスマホを使ってブログをアップしています。

小さな画面の小さなタッチキーで文章を書くのは、

慣れないRay次郎にとっては苦痛でしかありません。

パソコンで入力するより3倍は時間がかかっています。

なので、時間がさらに要する写真の掲載もしていません。

6月初旬にはPCが届く予定なので、それからは以前のような記事のアップが出来ると思います。


これまでの文章だけの記事も写真を掲載して、再度アップしようと考えています。


やっぱり写真がないと臨場感がないし、つまんないですよね。

特に前回の記事、「体育の先生がこんなに美人でいいのかなあ?」なんて、

写真がなければなんの価値もない記事になりさがってしまいます。

チリのウユニ塩湖、アルゼンチンのバリローチェ、夜行列車、美人の体育の先生、

ブエノスアイレスのまち歩き、

これから行くイグアスの滝も含めて

写真を掲載して再度アップしますので、もう少し我慢してご購読ください。


体育の先生がこんなに美人でいいのかなあ?

2017年5月26日(金)

オラバリアのバスターミナルへ歩いて行く途中に、床屋さんがあったので入る。

客用の回転椅子が1脚、大きな鏡の前にはバリカンなどの道具が並んでいるだけで、洗髪してくれそうな設備は見当たらない。

3種類のバリカンを駆使して15分もしないで、

散髪一丁あがり~い。料金は770円でした。



午後1時のバスに乗りブエノスアイレスを目指す。

5時間半の乗車で午後6時30分には到着する予定。

お隣の席にドキッとするような若い美人が座った。

すぐにリクライニングを倒してお昼寝を始め、3時間はお目覚めしなかったが、

ブエノスアイレスに近くなってお目を覚まされた。

(美人の方には敬語がふさわしい)

スペイン語で何か話しかけられたが、

「ノーエスパニョーラ」と答えると、スマホを取り出して翻訳アプリの英語で返された。

Where are from?

From Japan

それからスマホをはさんでお話しした。

学生くらいの年かと想像していたが、中学校の体育の先生だった。

ブエノスアイレスに着くまでの短い時間だけだったけど、楽しい時間を頂戴させていただき、

ありがとうございました。(美人には敬語がふさわしい)

午後6時45分、ほぼ予定通りに、バスゲートが見渡すほど並んでいる大きなターミナルに到着した。


オラバリアは革命記念日でお休み

2017年5月25日(木)

オラバリアの町歩き、まずはバスターミナルへ。

明日のブエノスアイレス行きのチケットを購入する。

革命記念日でほとんどの店が閉まっていた。

セントロのはずれにある小さな川に沿った公園を歩く。

樹齢何百年かと思わせる大樹や、スペイン人の馬上の騎士の彫像がこの町の歴史を物語っている。

開いていた大きなスーパーで、マルちゃんのインスタントラーメンを見つけた。

今夜は牛肉とほうれん草、それに卵をいれた、アルゼンチン風ビーフラーメンとビールのセットにしよう。


アパートタイプのお泊まりはゼスチャーゲーム

2017年5月24日(水)

オラバリアに午後2時に到着。

タクシーに乗る金もなさそうなので、

バスターミナルのインフォメーションセンターでATMの場所を聞いた。

英語で説明しても通じない。

カードを財布から出して、差し込む引き抜く、現金を取り出すゼスチャーをしたら、

ようやく分かってもらえた。

現金を手にしたところでタクシーに乗ってホテルへ。


今日の泊まりはアパートタイプ。

目的のアパートには着いたが、正面ドアに鍵が掛かっていて中に入れない。

15分ほどドアの前で待っていたら、アパートの住人がたまたま来たので一緒にいれてもらった。

階の両側に2室内づつある4階建てのアパートの2階の#3号室が予約した部屋だ。

部屋をノックするが応答無し。この時間に到着することはオーナーにメールで知らせてあったのに。

オーナーの携帯電話番号は分かっていたが、

実はRay次郎のスマホは着信はできても、なぜか発信が出来ない状態で、電話をかけられない。

お隣の#4号室をノックする。太ったおばちゃんが出て来たので、

またゼスチャーでオーナーに電話をかけてくれるようお願いした。

電話で用件が通じたらしい。

きっとオーナーが鍵を持ってここまで来てくれると思ったが、、、、

そうではなかった。

おばちゃんの手招きで外へ連れ出され、待っていたらタクシーが来た。

手招きで乗れのゼスチャー。

言われるままにタクシーに乗り、10分ほどしたら
普通の住宅の前。

どうやらオーナーの自宅らしい。

オーナーおばちゃんはかなりのお年で、こちらも英語が通じない。

そこはそこ、目的は分かっているので2泊の料金を払って鍵をもらおうとしたが、

1泊しか予約されていないと主張された。(ここら
辺は筆談)

らちがあかないので、1泊分の料金を払い鍵をもらい、待たせてあったタクシーでアパートに戻った。

戻ったら正面ドアの前で#4号室のおばちゃんが立っていた。

中に入らないで、ここで待てとゼスチャー。

2人で一緒に待つこと10分。

するとオーナーおばちゃんが車に乗ってやって来た。

オイオイ、最初からそうすりゃいいじゃん!!

でも、どう言う事?

オーナーおばちゃんがゼスチャーで言う事には、

2泊オーケーで部屋は#3号室ではなく、1階の#1号室に変わったらしい。

やれやれ、ともかくもう1泊分の料金を払い、

3日後の朝10時に部屋の鍵を受けとりに来る事を筆談で確認して、お引き取り願った。

今日のバス紀行も長かったが、その後のゼスチャーゲームも長かった。





アルゼンチン平原

2017年5月24日(水)

バイアブランカ発6時のバスに乗る。

町を外れると、広大な牧草地を真っ二つに切り開いた一本道が延々と繋がっていた。

2階建てバスの運転手の真上、最前列なのでフロントガラスから

道を中心にして左右対象の大地が見渡せる。

いずれの大地も牧草地だ。

遥か彼方の水平線に到る途中に、牛や羊の群れがゴマ粒のように小さく点在している。

いくつか小さい町を通りすぎるが、郊外に出るとまったく同じ景色が現れる。

目的地オラバリアに着くまでの8時間のバス紀行は、

アルゼンチン平原がなんと広大か、思い知らされた旅だった。


バイアブランカは泊まりだけ

2017
年5月23日(火)

午後1時発ビエドマ➡午後6時バイアブランカに着いた。

ここは1泊の予定なので、バスターミナルで明日のオラバリア行きのバスチケットを購入する。

6時、18時、21時の3便しかなかったので、仕方なく6時を予約した。

ターミナルで食事を済ませホテルへ向かう。

明日は朝5時起床、この町ではお泊まりだけになった。

ビエドマまち歩き

2017年5月22日(月)

夜行列車は翌日の正午にビエドマに着いた。

午後1時、まち歩きを開始。旧市街からネグロ川沿いに歩く。

インフォメーションセンターでマップをもらい、


川には多くのカヌーがスイスイ、河畔の道はランニングの人たちがランタン、

市街が見渡せる丘へ登る車道はサイクリングのグループが列をなしていた。

大きなスポーツクラブがあり、サッカー場、ラグビー場、テニスコート。

久しぶりにテニス競技を見学した。

ここは田園調布かとみまちがえる豪邸があるかと思えば、トタン板とレンガ造りの貧しそうな家もある。

町はそれほど大きくないが、ネグロ川が満々の水を湛えてセントロを囲んでいる様子は、

中欧の古都を思わせる。

午後5時から開くホテル近くのスーパーで、

鮭缶と生ハムとサラダ、それに缶ビールを買って、午後6時にホテルに戻った。

5時間のまち歩き。

トレン-パタゴニコの夜行列車

2017年5月21日(日)

バリローチェは雨。チェックアウト後はホテル食堂で読書。

山崎豊子「大地の子 巻4」を読破した。

午後2時、遅めの昼食をとり、駅へ向かう。

夕方5時、トレン パタゴニコ(パタゴニア鉄道)の夜行寝台列車に乗った。

個室寝台と4人同室寝台、リクライニング席普通車両、食堂車が各1両。

それに貨車2両が連結しているデイーゼル機関車だ。

車掌に指定された夜9時に食堂車へ行き、

あらかじめオーダーしていたビーフステーキを

アルゼンチン産の赤いワインでいただく。

お腹も満腹、まるごと1本飲んだワインで酔いもほどよくまわり、10時にご就寝。

これで19時間の鉄道旅のうち半分は寝て過ごせそうだ。