いよいよヨーロッパ圏

2017年7月27日(木)

早朝カイロ空港に向かい、イミグレを通過した後、まっすぐVIPラウンジに入室する。

朝飯をたっぷり食べて出発を待つ。

一時間遅れの11時にカイロを飛びだし、ドイツのフランクフルト国際空港に午後3時に到着。

空港駅からSバーンに乗り中央駅へ、予約したホテルは歩いて5分の所にあり、すぐ見つかった。

チエツクイン後、駅に行き明日と明後日の高速列車の1stクラスの指定券を購入。

さて遅くなったがフランクフルト市内をぶらぶらとまち歩き。

どこを歩いても、ニイハオ、チャイナと声をかけられないのが良い。

40度あったエジプトから今日は涼しいフランクフルトに入り、気分も清々しい。

まずはライン川、夜の9時を過ぎる頃になってようやく日が暮れた。

市庁舎跡の建物、大聖堂を見て、目抜き通りを駅に向かって歩いていたら、Sushiの看板を見つけた。

歩道にしつらえたテーブルでカッパと鉄火の巻寿司(これが一番安かった)で、

地元のピルスナービールを飲んだ。

さすがほんばのビールは美味しい。

寿司は、お米もわさびもガリも醤油も本物で申し分なし。

3週間後にまたフランクフルトに来るので、その時もまたこの店に寄ろう。

食べ終わって歩き始めたら、突然の大雨。

5月の半ばにアルゼンチンのバリローチエで雨にあたって以来、2ヶ月半ぶりだ。

ホテルに帰り、少し厚手の掛け布団で寝た。



スマホ対策、ツタンカーメンとご対面

2017年7月26日(水)

前の記事でも書きましたが、スマホがいよいよ危ない状態になり、

予備のスマホをどうするか怪鳥さんに相談した。

日本のスマホはSIMフリーに対応していないので、現地購入はあきらめて、

日本で格安スマホを買ってもらうことにした。
届くのは8月半ば。

パソコンに続いてまた怪鳥さんにお世話になる。


午後4時、歩いてエジプト考古学博物館へ行く。

二階建の博物館は、一階が王朝別の展示で二階はツタンカーメンの宝物だけが展示されている。

中でも一番人気はなんと言ってもツタンカーメンの黄金のマスクだ。

他の展示物は撮影が許されているが、このマスクと身近な宝飾品が展示されている部屋だけは

一切撮影が禁止されている。

世界史や美術の教科書に出てくる、あーこれがそうかといった実物を見ながら、

広い館内をゆっくり回るのに3時間もかかった。


今夜はエジプト最後の夜。

昨夜行ったレストランで子羊の膝の軟骨スープとラムのステーキで最後の晩餐。



スマホ忘れて、大あわて

2017年7月25日(火)

アスワンの宿にタクシードライバーのハツサンが朝9時に迎えに来た。

車の中でハツサンがしきりにぼやく。昨日買った卵は今日はいくら高くなっている、

この車はいくらで買えたのに今は3倍のお金を出しても買えないとか、

一番上の娘は90キロ離れた町の大学で勉強しているが、

仕送りを上げてあげないと生活ができないかも知れないとか、、、。

車の中も暑い、彼の話もあつい。スマホも熱をあびて熱い。

水で濡らしたタオルでくるんでコンソールボックスにしまった。

飛行場に着き、ハツサンとアラビア式に頬を左右に二回くっ付けて、それから握手をして別れた。

バイバイ、ハツサン!

飛行場の入口まで歩いている時に気がついた、あっ!スマホがない!

コンソールボックスにいれたままだ。

振り返ってもハツサンの車はもう見えない。

Ray次郎のスマホは日本からはかかってくるが、
なぜかこちらからはかけられない。

近くにいた青年に事情を話して、ハツサンからもらった名刺に書いてある携帯に

電話をかけてもらつた。

名刺をもらっておいて良かったあ。

この青年と一緒に写真を撮ろうと思ったが、あいにくの電池切れ。

じゃあ、Facebookにアップしてくれると言うので彼の名前を書きとめた。

Mahmoud Abd、しかし後で検索した時、

あまりに多いMahmoudの名前が出てきて、結局探せなかった。

旅の教訓、
パスポート、財布、スマホはいつも身につけておく事。

スマホと携帯充電器はいつもフルに充電しておく事。

ルクソールを午後1時に出発し午後2時にカイロ空港に着いた。

エジプトに入国した日と同じようにバスに乗って市内に向かったが、

市内は大渋滞、2時間もバスに揺られ、ホテルに着いたのは夕方だった。

Death on the Nile

2017年7月24日(月)

朝、アハメツドにレンタサイクルを頼んだ。

バイクに乗ったおっちゃんがチャリを積んで宿まできた。

ここからフェリー乗り場まではかなりの距離があるので、宿からチャリに乗れるのは助かる。

対岸へ行くフェリーはひんぱんに出ている。

チャリごと乗りこんで東岸に渡る。

乗り場からナイル川に沿って北に30分ほど走るとカルナツク神殿が見えた。

駐車場に大型のバスが8台、いやな予感がする。

神殿の入り口近くの売店でも、中に入ってから近ずく物売りの子どもも、

ニイハオ、ニイハオ!チャイナ、チャイナ!の連呼。

左右に何体もひかえる石の山羊さんの座像の間を通って、すぐあの有名な大列柱の間に入る。

前後左右に中国人の団体がひしめいている。

見上げるほどの大きな柱が並ぶ様は壮観そのもの。



あの高さの柱の上から大きな石が落ちてきて、あやうく身をよけた美貌の女性。

柱のかげから突然現れたのは、この女性に自分の婚約者を奪われたミア フアーロー。

灰色の脳細胞を持つ探偵、ポアロがこの現場にいあわせた。

アガサ クリスティー原作の「Death on the Nile」を映画化した「ナイル殺人事件」の一場面だ。

40年以上も前の映画だが、カーネル サンダースのように白いスーツを着て、

カイゼルひげをたくわえ、太ったポアロはいまでも鮮明に思い出される。

題名でも分かるように、この映画はナイル川に浮かぶ豪華客船で起きる殺人事件の謎解きの話だ。

カイロのピラミッドも、ここカルナツク神殿もロケ地になっている。

クリスティーの推理小説のいつものパターンで、殺された美貌の女性(大富豪だが、高慢で嫌味な女)に、

恨みを持つ人物が大勢この船に乗りこんでいて、みんな怪しまれてもおかしくない。

「オリエント急行殺人事件」みたいに、あっといわせる犯人をポアロが突きあてる。

さらにその直後、不幸な出来事がおきて幕を閉じる。

今回の旅で思い出し、帰国した時にレンタルする映画、

「スタンド バイ ミー」、「アラビアのロレンス」に続き3本に増えた。

これから行く所によって思い出される映画は、まだ増えるだろうなあ、と思う。

ジエイミーの冒険

2017年7月23日(日)

Ray次郎は今日アスワンから特急列車に乗り3時間30分かけてルクソールについた。

ジエイミーはアスワンで中古の小さなボートを42000円で買い、

ひとりでナイル川を漕いで今日ルクソールについた。要した日数はなんと5日。

日中は流れにまかせて川を下り、夕方にボートを漕いで岸辺に寄せ、近くの村で食べ物と飲み物を調達、

そのままボートで夜を過ごした。

ナイル川に沈む夕陽を眺めた時は感動したよ。

あぶないことはなかったの?

5日間の川下りで7ヵ所チエツクポイントがあって、ポリスが見張っていた。

えっ!よく捕まらなかったね。

僕はヌビア人の白い衣装に白いターバンを巻いて、顔を下向きにしてたからね、

全然気付かれなかったよ。

ボートはどうするの?

ここにいるアハメツド(宿のおやじ)にゆずることにしたよ。

アハメツドはニコニコ顔をして話を聞いている。

ジエイミーは父親が経営する建築事務所で働きながら、大学にも通っている。

金が貯まったら旅に出て、金が尽きたらイギリスにもどる。

どうやら遺伝らしく、息子がイギリスにもどると今度は入れ替わって父親が旅に出る。

だから一緒に旅をすることはないんだ。

そうそう、Ray、僕の写真を撮ってくれる。

彼のカメラは今どきでは珍しいコニカのフィルム式。

宿の前に留めてあるボートに乗り、ヌビア人の衣装に着替え、ターバンを巻いた。

なるほど、これではボートに乗っているのが欧米人だとは誰も思わない。

夕方、アハメツドに頼んでビールを買ってきてもらい、アハメツドが作ったタジン鍋を食べた。

彼の食後の一服は草の葉が2種類。アスワンで買ってきた。

縮れた草と刻んだ草を混ぜ合わせながら、薄い紙にしき、丸めてから舌で舐めて紙を巻く。

いわゆる違法ドラッグというやつだ。

アハメツドと回し喫みしてる。

Rayもどうだと言われ、1パフ試したが草の苦みがするだけで美味しもないし、くらっ!ともしない。

これは一番軽いやつだから、病みつきにはならないよ。

でも一本喫うと疲れが消えるような気がする。

イギリスではもちろん違法なので旅に出たときにしかやらないんだ。

とくったくなく話す。

まったくの自由人、恐れ入りました。


ルクソール西岸をゆく

2017年7月23日(日)

約束した通りドライバーのハツサンはルクソールの駅で出迎えてくれた。

今日は午後いっぱいを使って西岸の観光を
する。

メムノンの巨像。二体がお行儀よくお座りしている。

うーん、誰かに似ている。誰だろ?

SFアクション映画でエイリアンと闘った怪物。

カマキリ顔の鉄仮面、前頭ははげてツルツルだが、編上げたおさげを数十本、

後頭部と左右にたらしている。

巨体は硬い鎧につつまれている。

エイリアン映画で検索して見つけた。

「プレデター」だ。あーよかった、思い出すことができて、。

王家の谷、岩山に掘られた墳墓は階段をかなり下らないと玄室にたどり着かない。

壁画は美しいが室内が暗くてよく見えない。

ハトシエプスト女王葬祭殿。

ここまで行く小型の2両列車は2ポンドする。観光客がだれもおらず、

運転手に先頭の運転席の隣に座ってくれと言われた。

まあまあの距離はあるが歩いてもいける。ものの2分で葬祭殿の前まで来た。

運転手、Tip,Tip!

ふざけんな!運転席の隣は1stクラスか?

葬祭殿は巨大な岩山を背景に、二十本ほどの柱で区切られた二階立ての建物で、

正面に二階へ上がる階段がある。

ハトシエプストの顔をした神像が迎えてくれる。

葬祭殿の壁画は色鮮やかで、とても何千も前に描かれたものとはにわかには信じられない。

ラムサール3世葬祭殿の凱旋門、その堂々とした偉容さに圧倒される。

ここでも観光客は欧米人のカップルだけ、ガイドの人と回っているようだ。

こっちはひとりだけ。

門に入った途端、3、4人のガイドもどきに一斉に声をかけられる。

かってについてくる。エジプトのハエのようにどこでもわいてきて、

おいはらってもおいはらっても、体にとまり、とまっては逃げていく。

中庭にある24本ある列柱はところどころに青、赤といった色彩が残っている。

午後5時、こちら西岸の村のホテル、とは言えないな。

広い中庭を中心にして台所の棟、個別に建てられた小さなロッジ風な部屋が5棟あるだけ。

その中庭におかれたテーブルのソファーに青年がねそべつていた。

イギリスから来た26歳の青年、笑顔がさわやかだ。

名前はジエイミー。彼の話は次回に、、、。



スマホがヤバい状態

スマホが突然フリーズしたり、画面が暗転し動かなくなつたり、

今日は画面に紫色のリングが現れ、消えなくなりました。

今はスマホを使ってブログを書いています。

このままスマホが突然壊れた場合は、前ぶれなく一時的にブログを中断しますのでご承知おきください。

新しい格安スマホを日本で買ってもらい、

かねて予定していましたパソコンと一緒に合流する人にヨーロッパまで

持参してもらう手筈を取りましたので、最悪の事態が生じても8月20日には復帰出来ると思います。

パソコンは盗まれるし、スマホはいかれそうになるしで、長い旅は何が起きるか分かりませんね。

そのたびに日本で後方支援してくれる怪鳥さんには、感謝するばかりです。

アブシンベルを後にしてアスワンへ

2017年7月22日(土)

朝、アブシンベル神殿を再訪問。

神殿前の店はほとんど開いておらず、カサノバの店もどこか分からなかった。

神殿を訪れているのは中国人の女性ふたりだけ。
そこは昨夜と同じで淋しいかぎりだ。

早朝ここを訪れることができるのは、アブシンベルに泊まっている人だけだ。

ツアーが組まれる普通の日帰りコースは、アスワンを早朝5時ころに出発し、

アブシンベルに10時に着いて見学、昼すぎにバスに乗り夕方アスワンに戻る。

ラムセス二世の像と100メートルほど離れたところにある王妃ネフエルトアリの像を、

ほとんど独占状態で鑑賞できた。

神殿を後にし、喉が乾いたので近くの喫茶兼休憩所に入った。

昨夜一緒だったサハドの顔が見えた。そう言えばこのあたりで働いていると言ってた。

7、8人で集まっている輪に座る。

サハドが指差してカサノバの弟を紹介してくれた。

昨夜、弟にカサノバから電話がきて、飲みに来いと言われたが、遅かったので断ったらしい。

弟にいわせればカサノバはあだ名で、本人も外人にはその名前で通しているとか。

ムスリムのくせに酒は飲むし、ドラッグもやる、
xxxも手が早いらしい。

2、3人は片言の英語はわかるらしく、30分ほど仲間にいれてもらった。

午後1時発のバスでアブシンベルを後にして午後5時にアスワンに戻った。

ホテルは3日前と同じ駅に近いスーク(市場)の通りにある。

通りで四人が卓を囲んで麻雀のようなゲームをしているのを見つけ、ビデオを撮らせてもらった。

スークにある雑貨屋でノンアルコールビールの缶を二本買い、

それを地元の食堂に持ち込み、並べてあった大皿から肉と野菜の料理を指さしてオーダーし、

ビールもどきを飲みながら夕食を取った。

冷たいビールと温かい地元料理は今日の疲れを癒してくれた。


アブシンベルとカサノバの夜

2017年7月21日(金)

アスワン発8時のバスに乗りアブシンベルには正午に着いた。

ターミナルの近くが町の中心らしいが、店屋が十数軒あるだけの小さい町だ。

今夜の宿は予約してない。バスターミナルからアブシンベル神殿方面へ歩いて探すことにした。

15分歩いて、神殿まで後10分残すくらいのところにあるホテルに入る。

ホテルスタッフは英語が話せる青年、いたって親切で丁寧。名前はアブドウ。

シャワーを浴びてから、ブログをアップし夜を待つ。

夕方6時半、神殿へ向かって暮れかかった道を歩く。

ちょうど日が落ちかかるところで、道の向こうがオレンジ色に染まっている。

アブシンベル神殿の音と光のショーは7時から始まる。チケット売り場には先客がいた。

フランス人のおじいちゃん、おばあちゃん、その娘さんと小学生くらいの男の子がふたり。

今夜の観客は全部合わせて6人だ。

暗くなった神殿へと続く道を誘導灯に沿って歩くと、現れた4体の巨人像。

しかし暗くて輪郭だけがぼんやりと見えるだけ。

何百人と収容できる観客席にぽつんと座り、

もらった日本語のナレーションが流れるイヤフオンを耳につけた。


像の前に設置されている大きなスピーカーから大音響の音楽が流れる。

どんなに大音響でも、流れでる先はどこまでも無人のナセル湖。

近所からクレームは絶対に出ない。

やがて暗闇の中に浮かび上がるラムセス二世の4体の像。

古代エジプトの歴史、ラムセス二世とネフエルトアリとの夫婦愛、

ヒツタイト人との抗争などラムセス二世をめぐる歴史絵巻が、

プロジェクションマッピングで神殿の岩山にスクロールされて映し出される。

スピーカーからはフランス語のナレーションが流れているが、

イヤフオンから聞こえる日本語のナレーションは秀逸で重厚だ。

ラムセス二世と妻とのやりとりの台詞では、まるで舞台劇を見ているようだ。

40分のショーはあっという間に過ぎてしまった。


歩いてホテルに戻り遅めの夕食を屋外のテーブルで取る。

気温は下がり外の方が気持ちいい。

今夜の料理はナイル川で捕れた白身魚。

昨日アスワンで買ったぬるめのビールは、

ホテルに着いてすぐ冷蔵庫に保管してもらってあるので、申し分ない冷たさになっている。

ただし、冷蔵庫に入れる時も出す時も自分でしないといけない。

スタッフのアブドウが言うには、

ムスリム(イスラム教徒)はアルコールを飲むのはもちろん触ることも許るされていない。

食事が終わりタバコをふかしていたら、アブドウが来て、少しChatしないか?

Sure,welcome!

彼はアスワンの語学専門学校で英語とスペイン語を学んだ。

スペイン語の教材はセルバンテスのドンキホーテだった。

おー、そこ行ったよ、セルバンテスの故郷、風車の町カンポ.デ.クリプターナ。

撮りおいていたセルバンテスと風車の写真を見せた。


イスラム教徒の守るべき信仰の五つの柱について教えてもらった。

①アツラーを唯一の神と信じ崇拝する。

②一日に五回の礼拝をする。

③毎年の収入のうち2.5%を貧しい人のために喜捨する。

④毎年の断食を励行する。

⑤一生のうちに一回はサウジアラビアにある聖都メッカを巡礼する。

これがムスリムに課せられた義務だと彼は語った。

モロッコのガイド、ファイサルと違い筋金入りのムスリムだ。

他のムスリムたちが大皿二つにコーラと水のボトルを運んできて隣のテーブルで食事を始めた。

アブドウがみんな仲間内だから、一緒に食べようと誘ってくれた。

ホテルアルバイトのアリ16歳の高校生、神殿の前で土産物店を開いているカサノバ、

同じく神殿の前の喫茶で働いているサハド。

カサノバがアラビア語と時々英語を交じえて、ひとりでしやべっている。

英語の部分は分かるので、彼の話は下ネタばかりだ。

Ray次郎が持参したウイスキーをコーラで割って飲み、ますます調子に乗ってきた。

話が止まらない。他の三人も笑いっぱなしだ。

明日もう一度アブシンベル神殿を見学にいくと言ったら、

是非とも店に寄ってくれ、いいものをあげるからさ。

そんな話をしながら食べていたら、牛のレバーと魚のみじん切りサラダが空になった。

音と光のショーに引き続き上演されたカサノバのワンマンショーも深夜を過ぎ、

幕を閉じる時間になった。

アスワンハイダムとぬるいビール

2017年7月20日(木)

朝、駅近くの屋台で朝食を取る。ミックス野菜のサラダとゆで玉子二個。5ポンド(35円也)。

午前中はブログをアップ、ようやくイスタンブールのジユウタン屋の話を書きあげた。


午後3時、駅前でタクシーをつかまえてアスワンハイダムに向かう。

ドライバーの名前はムスターフア、彼も英語を話す。

アスワンハイダムも反対側のナセル湖もただただ大きい。

このダム建設の背景や成り立ちはエジプトの現代史と深く関連している。

東西冷戦に翻弄され、スエズ運河の国有化で第二次中東戦争が誘発された。

イギリスやアメリカではなく、結局ロシアの協力を得て1970年に完成したアスワンハイダムは、

ナイル川の氾濫防止と灌漑用水の確保を目的としていたが、

同時に電力の安定供給、砂漠の緑地化などエジプトに多大な貢献を果たした。

ここが破壊されると下流地域は大洪水で沈没する可能性がある。

だから、警備は厳重でダムへつながる道路には軍兵が自動小銃をかまえてチエツクしている。

どこかへ行くバスか忘れたが、検問所で停められ、迷彩色の上下服、編上げブーツ、

目立し帽で自動小銃を肩にかけた軍兵が乗り込できた。

どこから来た? Japan.

Passport please.

これには少しビビった。

町中では戦車が頭から銃を出している。こちらはテロ警備か?

アスワンハイダムの検問所ではタクシーのトランクがチエツクされた。

見物できる場所も限られていて、せいぜい50メートルの範囲。

最初はムスターフアと二人だけだったが、大型バス5台が中国人団体客を大量に運んできた。

静かだった周辺が途端に上海の南京路のにぎやかさに変わった。

ダム建設完成の記念塔へ行く。五本の柱が空高く立ち上がり、

その柱の最上部をリングで結んでいる形のデザイン。

柱内部にはナセル大統領の功績やロシアの援助で建設されたことなどが刻まれていた。

ふたりで写真を撮っている時、バスは塔の前を通り過ごして行った。

ムスターフアとビールを飲みに行こうと昨日のばーへ行ったが、オープン前でかなわず、

町中の酒屋でビールを買い、屋台のビーフサンドで夕食を済ます。

ところが、このビールがぬるいときた。

ムスターフアは冷たいビールよりこっちのビールの方が旨いのだと言いながら、

ごくごく、サンドをがぶり。

仕方なく付き合ったが、冷たいビールを飲みたかったなあ。