パリのまち歩き

2017年8月28日(月)

朝9時、ホテルを出て近くのメトロ駅からエッフェル塔を目指す。


エッフェル塔の入り口でまずセキュリテーチェック、

827103.jpg



手持ち荷物の中を全部出して見せるので、時間がかかる。最初の長蛇。


827104.jpg

チケット購入窓口に並び


827105.jpg

チケットの次は塔に上るケーブルカーの前で長蛇の列、

827106.jpg



最後の長蛇は塔の中間から最上階にのぼるエレベーター前。

827108.jpg

827109.jpg


エッフェル塔は世界中から集まるおのぼりさんで、あふれかえっていた。

827110.jpg

最上階から凱旋門が見えた。

827112.jpg

セーヌ河を渡ったシャイヨー宮からの写真アングルが良いと、

827111.jpg



827114.jpg

ガイド本にあったので、橋を渡り写真を撮った。

827115.jpg



次はモンパルナスの地下鉄駅で降りる。

明日ここの鉄道駅からYUさんはキリストの聖地・ルルドに向けて1泊の小旅行をするし、

Ray次郎はモンサンミッシェルまでの日帰り旅行をするので、

地下鉄駅から鉄道駅へ行くコネクションを確認した。

こういう確認は前日にしておかないと、当日になって迷い、

予約した列車の出発時間に間に合わなかったりしたら大変だ。



セーヌ河に浮かぶシテ島の中にある地下鉄駅Citeで降り、ノートルダム寺院へ行く。

827117.jpg



827123.jpg



入り口に入る観光客の列の前で、紙コップをかかげて物乞いする老婆が、

827120.jpg

列の観光客に声をかけながら物乞いするお乞食さん。

827119.jpg


これまで旅をしてお乞食さんのいない町はなかった。

827118.jpg


特にモロッコやトルコではシリア難民と思われる人たちが目立った。

4年まえに旅したインドでは、大都会の歩道に100メーターおきにいたし、

田舎の村でも必ず、歩く道々の地べたに何人かいた。

インドの彼らは身体障碍者が多かった。

衛生状態が悪いことと、医者にかかるお金がないことがその理由と思われる。

しいて言えば、旅を始めた我が町・亀田だけはお乞食さんがいないと断言できるが、

世界はお乞食さんであふれている、と言っても過言ではないようだ。



ノートルダム寺院の内部は無料、ドームに上がるには入場料が必要だ。

時間もないし、無料の内部だけを見学した。

827121.jpg


827122.jpg



寺院をあとにして、セーヌ河畔を歩く。

827124.jpg


827125.jpg

827126.jpg


古本市の通りを抜け、セーヌ河にかかる橋からはシテ島の先端が見え、

827127.jpg

ここでセーヌ河がふたつに分かれて流れていくので、

827129.jpg

シテ島がセーヌ河に浮かんでいることがよくわかる。

827130.jpg

827128.jpg

「屋根の上のバイオリン弾き」ならぬ、橋の上のバイオリン弾き。

「パリの空の下」を奏でていた。

雰囲気を盛り上げてくれてありがとう。

ポケットにあった1ユーロ以下のコインをまとめてチップをあげた。



橋から見えたルーブル美術館の大きな建物。

827131.jpg


827133.jpg


827132.jpg


内部に入るのはパリ最終日に残してあるので、中庭とガラス張のピラミッドだけ眺めただけ。

827134.jpg

827135.jpg


827160.jpg


シャンゼリゼ通り1.8キロの真下を走る地下鉄駅から上にあがり、通りをそぞろ歩き。


827137.jpg


827142.jpg




朝9時に歩き始めてから、もう午後の3時。さすがに歩き疲れた。

それにパリは30度を超す暑さで、背負うリュックの下は汗でぬれてしまった。

827161.jpg

通りに面したカフェで冷たいコロナビールを飲み、ひと休み。

凱旋門までの通りには有名ブランド品店が軒をつらねている。

827138.jpg


ここでも幅の広い歩道の真ん中に、大胆にも寝そべっている怠け者のお乞食さんがいた。

827140.jpg

827143.jpg

凱旋門の真下まで行き、今日のパリまち歩きを終了。

827147.jpg


827148.jpg

827144.jpg


827146.jpg

ホテル近くにあるスーパーで、トマトとキュウリ、お寿司パックを買い込んでホテルに戻った。


827149.jpg


花の都、パリパリ

2017年8月27日(日)

朝ジュネーブのホテルから空港まではタクシーで移動。

前回フランクフルトからザルツブルグへ飛んだ時、

2時間前に空港に着けば大丈夫とふんだが、結果はギリギリに間に合うという

経験をしているので、ジュネーブ空港には3時間前に着くようにした。



エアーチケットはかなり以前に格安航空券で入手しているので、

預け荷物の無料サービスはなく、重さで追加料金を払わなければならない。

YUさんの荷物は2つで約20キロ、Ray次郎はリュックひとつで14キロ。

料金は各々13000円弱と5000円弱。

追加料金をとられはしたが、それでも正規料金を買うより安いと思うが、どうだろう?


ジュネーブ空港ではスムーズにゲートまで行きつけ、1時間半待つ羽目になった。

フライト時間は1時間30分、パリ、シャルルドゴール空港に13時30分に到着した。

827101.jpg



まずインフォメーションセンターに向かい、市内マップを入手し、

メトロ、バスを5日間乗り放題できるパスを54€(7300円)で購入した。

市内にある北駅まで行き、そこでYUさんを待たせてホテル探し。

ナビをたよりに広い道路を行くと、歩行者天国になっていてインド人が大勢集まっていた。

ホテルを見つけチェックインを済ませた後、レセプションに聞いたら、

やはりインド人の祭りで、それはこの界隈に多くのインド人が住んでいるのと、

近くにヒンズー教の寺院があるせいだった。

たしかに歩いてきた歩行者天国の両側にはインドレストランや、

インド人向けの衣料や雑貨を並べている店が多かった。

花の都、パリで最初に足を踏み入れたところがインドだったとは、

思いもよらなかった。

ともあれ、パリに到着したことは間違いなく、今夜は近くのインドレストランではなく、

歩いて15分ほどにある北駅近くのレストランで、半身のカニと小エビ、

それに野菜サラダをシェアして夕食を済ませた。





世界遺産のベルンからレマン湖のジュネーブへ

2017年8月26日(土)

グリンデルワルトのお宿のマダム。朝ホテル代の清算で部屋に顔を出した。

デッキから見えた洗濯物に「愛」と「安」の字が染められたシーツがあり、

マダムに、

あのデザインの意味を知っていますか?と聞いた。

タイ人が泊まった時に聞いたけど、あの人たち分からなかったわ。

あの文字は漢字(Chinese Character)です。

漢字は中国から1000年以上前に日本にやってきたので、

中国人と日本人ならばあの意味は理解できます。

意味は、Love and Peace です。

そう、そうだったの、意味が分かってよかった、ありがとう。


826100.jpg

とまれ、アルプスの宿を後にして、グリンデルワルトの駅に行くと、

民族衣装をまとった少年少女が集まっていた。

週末の土曜日、なにかフェスティバルのような祭事があるのだろうか。

826101.jpg


826102.jpg

麓の町、インターラーケンオストからスイス鉄道SBBの電車に乗り換え、


826103.jpg


826104.jpg

インターラーケンWEST駅を過ぎると、

DSC_3469.jpg

湖を車窓に見て40分ほどで、

826106.jpg


スイスの首都、ベルン駅に着いた。ここで途中下車した。

826108.jpg


世界遺産に登録されたベルンの旧市街は駅から歩いてすぐだった。


826113.jpg


両側のアーケードには高級時計やチョコレート、ブランド品やレストランが軒を連ねている。

真ん中の広場のような空間は自由に歩ける歩行者天国なのか、トラム専用道路なのか?

バスや車も走るので車道なのかよく分からない。

826114.jpg



最初にくぐるもんは牢獄塔、

826112.jpg


次にくぐるのが時計塔。毎時鐘を鳴らし、からくり人形が動くらしい。


826115.jpg  826119.jpg


この通りの真ん中に何か所も意味ありげな像の下に噴水がある。

826111.jpg 826118.jpg

由来は分からないがかなり昔から建っていたいただろうことは想像できる。

826117.jpg


途中下車したベルン駅に戻りまた鉄道の旅、SBBの高速鉄道は2時間程でジュネーブ駅に着いた。

826120.jpg


826124.jpg

予約してあるホテルは駅から500メートルほどのところにあるはずだ。

この500メートルが実は曲者で、

歩いて行けるはずなのになかなかたどりつけない経験を何回もしている。

南米、トルコ、モロッコ、エジプト、ポルトガル、スペインでもそうだった。

その時はひとりで重いリュックを背負って歩きまわり、ナビを見て、人にも聞き、

500メートルの距離を1時間以上も歩いたことがあった。

今回は同行者のYUさんがいるので、

ホテルに近くなってから、街角でYUさんにリュックを預けて身軽な状態で探した。

スマホのナビを見ながらホテルに近づくが見つからない。

この小路の先のはずだと入ると、

SEXショップが3、4軒あり辻つじには若い女の娘(こ)が立ちんぼしていた。

年老いた東洋人がひとりで歩いてきたので、これはカモかもと、

声をかけられた、「 Hello, Are you alone? 」

腕を優しく触られた。

Aloneじゃないよ、、、無視して歩く。

次の辻ではあきらかに中年男性と思われるオカマさんが立ちんぼしていた。

写真は撮れなかったが、あきらかに怪しげな界隈らしい。

国際的な町であるはずのジュネーブで、こんなエリアがあるとは、、、、。

親切な地元の人から教えられて、ようやくホテルが見つかり、

YUさんの待つ街角に戻った。

YUさんとさっきと同じ道を歩いて、SEXショップの店を通り過ぎ、

辻つじの女の娘(こ)の前を歩くが誰も声をかけないし、腕にも触らない。

それもそうだろう、リュックを担いだ老人とスーツケースを引きづって歩く女性が

彼女らのお客になるわけがない。



ようやくホテルにチェックインした後、レマン湖まで歩く。

明日の朝食の食料をスーパーで買い出しし、

この日の夕食は湖畔の野外カフェでピザとビールで済ませた。

826121.jpg



826122.jpg





ありがとう、快晴のアルプス

2017年8月25日(金)

昨夜は雨の中をアパートハウスを探して右往左往したが、

今日は朝から快晴、清涼な空気がグリンデルワルトにあふれている。

二つの湖に挟まれた麓のまちインターラーケンオストから、

ここは約1000メートル登っているからだろう。

さらにここグリンデルワルトから2400メートル高い、標高3400メートルまで登山電車で駆け上がる。

8251111.jpg


途中スイッチバックがあるほどの急坂、線路はラック&ピニオン式だ。

8251124.jpg


時速15キロほどの速さであえぎながら山を登る。

8251125.jpg



クライネシャウデイックという駅まではアルプスの山々を眺めながらの登山鉄道だったが、

8251114.jpg

ここで小さめの登山電車に乗り換え、山を貫通するトンネルを電車が走る。

車窓からは暗いゴツゴツした岩肌しか見えない。

ユングフラウヨッホ トップ オフ ヨーロッパの地下駅に着き、

エレベーターで上にあがると、雪の広場。

8251115.jpg


大勢の観光客が歓声をあげる中、さらに嬌声があがる。

愛嬌あるふたりがカメラを向けられてポーズ。

もちろんチップを請求しない無料奉仕のパフォーマンス。

8251119.jpg


ここの目玉はこの二人ではなく、もちろんユングフラウヨッホ(4107m)の雄姿と、

8251116.jpg


何千年も前からここに横たわっていた氷河。

8251117.jpg


そして指先に遠く遥かにそびえるアイガーの北壁(3970m)だ。


8251118.jpg


ここの広場を下がり、指定された観光ルートを歩くと、

8251121.jpg

氷だけでできた通路を歩く。壁も氷、歩く道も氷なのでツルツルして足元がおぼつかない。

8251120.jpg


8251123.jpg


氷の彫刻が多く展示されていた。


8251122.jpg


観光ルートを巡り1時間ほど時間を過ごした後、下りの登山鉄道に乗る。


途中駅、アイガーグレッチャー(アイガー氷河)駅で降り、トレッキング。

ここから3キロほど下にあるクライネシャイデック駅までは、

「ユングフラウ アイガー ウオーク」と呼ばれるトレッキングコースになっている。

8251126.jpg

下り坂を周りの山を見ながらゆっくり歩くので、息がきれるわけでもなく、

気持ちいい。

8251129.jpg


避難小屋を超えて下にくだると、

8251127.jpg


小さな池が逆さアルプスを映していた。


8251131.jpg

8251132.jpg


牛さんたちものんびり、、、、。

カウベルを首につけているのだろう、

カラン、コロンと草をはむたびに聞こえる音ものんびり聞こえる。


8251133.jpg


8251134.jpg


1時間ほどのトレッキングが終わり、クライネシャイデックから登山電車に乗り、

下界に向かうと、はるか彼方にアパートハウスのあるグリンデルワルトの町が小さく見えた。



8251135.jpg



気持ちいい日の終わりは気持ちいいローカル料理をいただいて終えよう。

8251137.jpg


あの山々でのんびりと草をはんでいた牛さんたちが作ってくれた、これ、、。

8251136.jpg

チーズフォンデューを小麦ビールでいただいた。

お疲れ様で、ご馳走様でした。

ありがとう、快晴のアルプス。

インスブルックからアルプスへ


2017年24日(木)

インスブルック、列車に乗る前のわずかな時間を使って早朝散歩。


8241113.jpg 8241112.jpg

「黄金の小屋根」と呼ばれるインスブルック市民が大切にしている場所は、

オーストリア皇帝専用の観覧席で、数千枚の金箔をバルコニーの屋根に貼られたために

この名前がついたらしい。

8241115.jpg

皇帝は目の前にある広場で行われた騎士の馬上試合を観覧した。


8241114.jpg

こちらは宮廷教会。

8241110.jpg


インスブルック駅から、


8241117.jpg


8241118.jpg

あわただしくオーストリア鉄道QBBで、


82410 (2)



8243.jpg


チューリッヒ湖を車窓から眺めながら鉄道の旅。

8248.jpg

8245.jpg




突然に、これは何?

8246.jpg

これは向かい合った4人席の向かいに座ったK先生を紹介した新聞記事だ。

しかも40年以上前らしい。

実はこの先生、インスブルックからずっと一緒だった。

甲府にある公立大学で運動学の講座を持っていた先生で、柔道家でもある。

過去に文部省から派遣され、インスブルックの大学で教鞭をとり、

柔道場の手伝いをした関係から、引退した今でも柔道場で教えているらしい。

インスブルックに滞在するのは7月末から8月末までの1か月だけ。

話を聞くとなんともうらやましい生活をされておられる。

今日はチューリッヒに1泊旅行に出かける列車で、たまたまご一緒させてもらった。

Ray次郎より4つ年上、柏崎出身で今は東京在住。

オーストリア情報、柔ちゃんのトレーナーを育てた話、

柏崎のお寿司屋さんの寿司がいかに美味しいか、

ロシアのプーチン大統領と柔道の国際試合の会場トイレで会話したこと、

関連して北方領土の話、

国際試合の審判に賄賂が渡される話、

舛添元都知事の公金の使い方の是非、

などなど話が尽きない。

チューリッヒまでの3時間は先生の独壇場だった。



チューリッヒからベルン、ベルンからアルプスのベース基地インターラーケン、

インターラーケンからさらに標高1000メートルのグリンデルワルトまで乗り継ぎしながら

たどり着いたときはあいにくの雨だった。


今日の宿はアパートタイプのシャーレーシュピルタット、レセプションはない。

オーナーの携帯電話に到着時間を知らせるべく何回も電話を入れたが、

留守電になっていたので到着時間をメッセージを残した。

キーを受け取れないかもしれないという不安があったが、

8249.jpg

オーナーにも会えたし、キーももらえた。

スペインのポルトではアパートタイプの宿で入り口の暗唱番号を入手できず、

結局泊まることができず、他のホテルに飛び込みで入った。

その不安があったので、雨の中アパートに入れた時は安堵した。

スーパーで食材を買い、ビールを飲んでようやくひとごごちした。


82410.jpg


食後ベランダから山を眺めて、明日はそこへ行くよと約束して、ビールを飲んだ。

82411.jpg

ドライブと列車旅の長い1日

2017年8月23日(水)

昨日訪れた場所を書き忘れたので追記します。

ドロミテで最初に訪れたのは湖、「ドロミテの宝石」と呼ばれるカレッツァ湖です。

82301.jpg 
 
82302.jpg



槍を何本も並べたような岩山と深い緑の森をバックにして、

湖は、琥珀色に染められてひっそりと身を横たえていました。

82304.jpg


会津磐梯山の麓の五色沼の色に似ています。

82306.jpg 82305.jpg

こじんまりとした湖なので一周しても30分ほどでした。


さて、今日23日はポコル村にあるホテルを朝7時に出発するところから始まります。

昨日来た道とは違うルートでメラーノへ向かいます。

なので、違うドロミテの景色を堪能しながら車を走らせます。

82414.jpg



824111.jpg  824112.jpg 






ヨーロッパはバカンス後半に入り,まだまだ人が大勢ドロミテにやってくるようで、

平日にもかかわらず、観光の町に入る前後は車の大渋滞が続いています。

82311.jpg 



地理も地名も不案内なのでナビの先導する通りに車を走らせましたが、

突き当りでもないのにUターンしたり、

高速の入り口では向かう方向とは明らかに違うほうへ先導したりで、

なかなか目的地にたどり着きません。

結局ナビを信用せずに町の名前をたよりにメラーノに着いた。

75キロの道のりを2時間で完走する予定が6時間もかかってしまった。

メラーノのレンタルオフィスに着いたのは午後1時過ぎ、

しかも中に人がいるにもかかわらず、午後2時まではランチタイムなので

待つようにと言われ、ここでもタイムロス。

メラーノから在来線で2時間、イタリア国境の町ブレンネロに着き、

そこから乗り換えてインスブルックまで30分。


82318.jpg


オーストリアに入ると、また車窓の景色が違って見えた。

イタリア チロルはリンゴ畑が多かったが、オーストリアでは麦畑や野菜畑が多い。

インスブルックには午後6時に到着。

ここも山に囲まれた小都市。
 
8244.jpg

82312.jpg 




駅で食料を買ってホテルへ直行し、部屋で食事を済ませただけでまち歩きはなし。

朝7時から夕方6時までの1日がロングドライブと鉄道の旅で終わった。

ドロミテ渓谷をドライブ

2017年8月22日(火)

民宿のお父さんと息子は朝早くから乳牛の世話で忙しそうに働きだした。

お母さんは食事の準備。泊まり客は我々とイタリア人夫婦の二人だけ。

コーヒーには自家製のミルク、

おそらく自家製と思われるヨーグルトの瓶詰もテーブルに並んだ。

乳牛さんに別れを告げ、民宿を後にしてドライブを開始した。


ドロミテ渓谷は広い。

どこまで行っても大きな岩山がにょきにょきと顔を出す。


a61.jpg   a63.jpg

世界自然遺産に登録されたドロミテ渓谷は、世界遺産センターが発表した登録基準では、

「① ひときわすぐれた自然美及び美的な重要性をもつ最高の自然現象または地域を含むもの。

② 地球の歴史上の主要な段階を示す顕著な見本であるもの。」とある。

a64.jpg  a65.jpg

a66.jpg  a68.jpg

「最高の自然現象」を目の当たりにすると、まさしく地球の素晴らしさ、

人知の及ばない神の領域を感じる。

これまでの旅で世界自然遺産を訪れたのは、まずイグアスの滝。

そのすさまじい迫力には圧倒された。

次に訪れたのはノルウエイーのフィヨルドだが、

見た場所は特に登録された所ではなかったので、感動は覚えなかった。

(ここについては、ブログで「フィヨルドより孫のお尻に感動」と書いて、

クレームが来た)

これから訪れる予定の自然遺産はスイスアルプスのユングフラウヨッホ、

来年になるがベトナムのハロン湾などだ。

世界文化遺産はエジプトのピラミッドはじめかなり見たし、

これからもインドのタージマハールなど枚挙にいとまがないが、

これについては回顧編で書くことにして、


ドロミテに戻って、

今回のホテルは三ツ星ホテルのアルゼンチーナ。

a69.jpg

ドロミテ街道の拠点となるコルテイナ ダンペッツオの町から300メートルほど

登ったポコロという村にある。

ホテルの写真の右手からコルテイナ ダンペッツオまでのハイキングコースがあり、

a70.jpg  a-71.jpg


林に囲まれた山道を下ってその町に向かう。

丘の最上部を超えると、

a-72.jpg


背景に岩山を抱いてコルテイナ ダンペッツオの町が見えた。

a-73.jpg


ホテルから歩いて40分ほどの下り道だったが、

a-74.jpg

帰りの登り路を考えてここでのまち歩きはせず、

町のはずれの橋を渡ってすぐ引き返し、ホテルに戻った。

簡素な夕食は高くついた

2017年8月21日(月)

朝、マチアスが昨日に引き続きアテンドするために、

お母さんの車でホテルに来てくれた。

メラーノのまちをマチアスと歩く。


61.jpg


62.jpg   63.jpg

メラーノは700年の歴史がある古い町だ。


散策のあとレンタカーオフィスまで歩く。

ところが、最近オフィスは引っ越ししたらしく、新しい住所が書いてあった。

64.jpg

ここから歩くには無理があるらしく、町で買い物をしているお母さんを呼んでもらい、

車で新しいオフィスまで送ってもらう。

こんなハプニングがあると、旅行者にはつらい。

もしマチアスがアテンドしてくれなかったら、どのくらい時間がかかったか分からない。

66.jpg

マチアスのお勧めで8世紀に建てられた教会を訪ね、そのあと彼を自宅まで届け、

最後の別れを告げた。マチアス、ありがとう。



レンタカー(フォルクスワーゲンのポロ)を走らせ、カレッツァ湖へ行く。


68.jpg   
70.jpg  71.jpg

山間を迷いながら走り、ようやく民宿ホテルにたどり着いた。

74.jpg


おばあちゃんが民宿の世話をし、

81.jpg

おじいちゃんは倅と一緒に牛と豚の世話をしている。


82.jpg

孫たちはまだ小さいが、専用の遊び場があるのでのびのび育っている。

83.jpg


84.jpg

夕食はここでは食べられない。8時から始まる近くの民宿レストランへ行くしかないらしいが、

そこまでは待てないので、車で10分ほどのところにある町のスーパーで買い出し、

スーパーでは肉やハムの切り出しの順番が番号待ちになっている。

そこでソーセージを4本買って、ほかには野菜、当然地ビールも、


75.jpg



民宿で温めたお手製の夕食。

78.jpg

このくらいな簡素な食事でいいんです。

なにせ高齢者ですし、旅を続けている間に胃袋も小さくなってますから。


スーパーで払った食材とビールとウイスキーのお金は4000円弱、

でもこの簡素な夕食はすごい料金を取られています。


なぜなら、スーパーでの駐車料金が高いからです。

何と500ユーロ?

79.jpg

スーパーの駐車場で車を柱にぶつけてしまいました。

それが加算されるので、ソーセージは1本2000円、ビールは3000円になるのか?



チロリン村のマチアス

2017年8月20日(日)

ザルツブルグから電車を3本乗り換えて、南イタリアのチロル地方を目指す。

『チロル』の地名から昔NHKで放送されていた『チロリン村とくるみの木』という

人形劇を連想される向きもおられるかも知れないが、まったく関係はない。

さて、そのチロル地方で地名がイタリア語とドイツ語にふたつ併記してあるのは、

この地方の特殊な歴史が由来している。

31.jpg

アルプス山脈の東部はオーストリアとイタリアにまたがっている。

中世からオーストリアのハプスブルグ家の領土だったチロル地方は、

今でも国境がすぐ真近にあるオーストリアとイタリアの間の領土争いに巻き込まれてきた。

最終的にはイタリアに帰属したが、チロル地方の人はドイツ語を公用語にしている。

なので初等教育からドイツ語を教えているらしい。


32.jpg

のどかなチロル地方では、山ふところの農村風景が車窓を流れる。

33.jpg

ブドウ畑とリンゴ畑が多い。

メラーノの駅に着きホテルにチェックインしたと思ったら、

42.jpg

この町から20キロほど離れた村に住んでいるというマチアスという名の18歳の青年が

お母さんの車に乗って我々をホテルに迎えに来た。

何で彼がホテルに迎えに来たかについては説明が必要になる。

いきさつを語らなければ先に進めないので彼の話をしよう。

昨年の7月、YUさんはアイルランドに英会話の短期留学を決行した。

その時、イタリアから英語の勉強のために短期留学していたのがマチアス君だ。

今日はマチアス君のお母さんが運転するフォルクスワーゲンに乗せてもらい、

彼の家まで行くことになった。

家に着いて驚いた。

一見古民家風の外観だが、内部はリフォームされており、暮らし向きは現代的だ。

白い外壁の最上部に黒字で1693の文字が見えた。

1693年に建てられた家で、日本でいえば江戸時代の初期からリンゴ農家をしている。

当主は50代、おそらく6~7代目だろう。

35.jpg

36.jpg

石造りの丸い門をくぐると、オートで開くカーポートがあり、その上は農耕用の作業車の車庫、

家はまるでお城のような広さだ。

34.jpg


家の裏側にはリンゴ畑が広がっている。


マチアスから家の中をくまなく見せてもらったが、

居間の壁には父親が狩りで仕留めたた鹿の飾り物があった。

37.jpg

マチアスの伯母さん(父親の妹)が家にやってきた。

伯母さんの車で食事に出かける。

標高1600メートルの山を目指してどんどん駆け上がる。

20分も山道を走った先にはこんな風景が、

38.jpg

ブランコの向こうに見える山の麓にマチアス家のリンゴ畑が広がっている。

39.jpg


山小屋風のレストランで出された料理はビーフと郷土料理の卵とパンのプデイング、

44.jpg



40.jpg

左から伯母さんのエリザベート(絵理座米戸)、母親のロリイータ(露理伊多)、

そしてマチアス(真知亜巣)。

漢字は、Rayが彼らに紙に日本語で書いてあげた文字だ。


43.jpg


料理をいただいた後、近くの山道を散歩し、山を下りた。

ザルツブルグのレクイエム

2017年8月19日(土)

昨日の暑さから一転、気温は10度以上下がり、朝から冷たい雨が降っている。

週末のお楽しみ、孫たちとライン電話する日だ。

******************

そーたの大好きな動物はな~んだ?

えっ~?分かんないよ、そーた、ヒントは?

ラがつくよ、じいちゃん

あっ、ライオンだ!

それにね、カメレオンも好きだよ

クッションに抱きついてカメレオンの真似をする。

Annもお兄ちゃんの真似して、ソファーを上がったり、下りたり、、。

それから新幹線の何が好きかクイズ、答えはすーぱーこまち。

食べ物クイズ、答えはらーめん。

そーたが大きくなったら、じいちゃんと一緒に飲みたいものクイズ、答えはビール。

4歳にもなればじーちゃんの好みはしっかりと把握している。

Annもまじってクイズを出すが、答えはそーたと同じ。

******************

そんな電話を30分もしていた。


さてまち歩き。

傘をさしながら歩いて1時間、モーツアルトの生まれた5階建てのアパートに着いた。

10.jpg    11.jpg


12.jpg   14.jpg


16.jpg   15.jpg

モーツアルトの直筆の手紙。

父と演奏旅行に出かけた旅行先から妹に書いた手紙だ。

「朝は6時に起き、誰と朝食をとり、午前から午後4時まではどこで演奏会を開いた。

夕食の後は作曲の時間をとり10時には寝た。、、、」

というような事を書いていた。


19.jpg

(ザルツブルグ大聖堂)


17.jpg


ケーブルカーに乗ってホーエンザルツベルグ城塞へ行く。


18.jpg

ケーブルカー往復と城塞内部の観覧料込で大人12ユーロ。

20.jpg

城塞の最上部に上って見えたザルツブルクブルグ市内は、雨雲に覆われて、

さしづめモーツアルトのレクイエム(死者のためのミサ曲)

21.jpg


映画「アマデウス」では、どんやりと曇った冬の日に、

宮廷音楽師のサリエリが病床にあったモーツアルトの家に立ち寄った。

顔は仮面舞踏会でつかわれる仮面で隠されており、正体はわからない。

妻のコンスタンツエに、モーツァルトにレクイエムを作曲するよう依頼し、

多額の金貨を渡し、マントをひるがえして夜の闇に消えていった。

モーツアルトは歌劇『魔笛』を書き上げた後、体調を崩し床を離れられなくなっていた。

それでも病床の中で憑りつかれたようにレクイエムの作曲にとりかかるが、

最後は力尽きレクイエムは未完のまま、1791年12月5日、35歳の若さで他界した。

オペラ、交響曲、宗教曲、セレナーデ、四重奏曲などなどあらゆるジャンルで

900曲以上の作品を残して逝ったモーツアルト。

そうだ今夜はモーツアルトを聴こう。