岩万燈と船戸山神楽

8月26日(水)に開催される駅からハイクの下準備で、

タウンウオークかめだでは3日前の23日(水)に同じコースをおさらいした。

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亀田駅から歩きはじめ、延命庵、市場通り、亀田諏訪社、旧町役場跡、円満寺、

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そして船戸山のレトロな通りを抜けて、船戸山神社、通心寺。

3時から開始した「おさらい町あるき」は午後5時に終了。

これでバッチリ、駅からハイクの準備は完了。




さて、26日本番。

関東地区から駅からハイクに参加予定の人たちは、

前日からの台風15号の影響で交通機関が乱れるのを心配してか、

30名の応募者は前日までに10名がキャンセル、当日もさらに13名がキャンセルした。

結局、参加者は7名。ガイドの数のほうが多いという異常な「駅からハイク」になった。



さてスタート。

亀田駅から市場通りを抜けて、本町通りにある岩万燈の待機場所へ。

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左に中学生がかつぐ合体された岩万燈、右に大人がかつぐ、2体の大岩万燈。

江戸時代に始まったとされる勇壮な大岩万燈は昭和7年に不景気のあおりを受けて

中止され、昭和50年に復活されるまで42年間行われていませんでした。

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その復活劇をリアルタイムで経験し、40年にわたって祭りの運営に従事した

メンバーの元亀田商工会議所の事務局長・トコ君が、ガイドしました。

さすが、生き字引。

いわれから、構造、実際の担ぎ方、押し合いの仕方まで詳しくて、

参加者もその説明にへえ~と言った納得顔をしています。



岩万燈の説明をたっぷり受けていたら、陽の落ちるのも早くなったこの頃、

亀田諏訪社に着いた時は、夜店も灯をともし、祭りの雰囲気十分。

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夏祭りと年末年始にしか開かれない本殿に参拝。

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数ある夜店の中に、金魚やさん。

ガイドの藤井さんにのせられて、店主の小泉金魚やが一席。

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祭りの夜店で金魚すくいは一般的だが、こうしてメダカから金魚まで数種類を

槽にいれて並べて売るのは、この地域独特なのだとか。

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駅からハイクは亀田諏訪社から旧町役場、旧警察署跡を歩いて、円満寺

そして船戸山神社へ。

本殿に氏子の人が何人か待機されていたが、集落の人は今夜8時半から始まる

神楽舞までは集まらない。狭い境内はひっそりしていた。

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駅からハイクはここを出たところで自由解散、6時半。


本町通りでは、子供たちによる木遣りと神輿が始まっていた。

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夜7時、大岩万燈がゆるゆると登場。

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その上に木遣りの大将が登り、担ぎ手に気勢をかけ始めた。

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担ぎ手たちは肩を組んで、ウエーブしながら亀田木遣りを大声で唄い始める。

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こちらは、鯉の滝登りをかたどった「鯉組」、

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かたや昇天する龍をかたどった「龍組」。

近年は弁慶と牛若丸といった歴史上の人物を題材にしていたが、

復活40周年を記念して、今年は昭和50年に復活した当時と同じ題材。

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対峙する岩万燈の間に先太鼓の台車が入り、笛と太鼓で押し合い決戦を

今か今かと盛り上げて、

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先太鼓が逃げると同時に押し合いが始まった。

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押し合いが始まったかと思うと、ものの数分で決着がついた。

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トコ君の説明では、押し合いの勝ち負けは綱引きと同じ要領で、

どちらかが、ある線まで後退したら負けになるらしいが、よくわからなかった。

この押し合いは本町通りの下と神社に通じる横町通りの三叉路、

さらに本町通りの上と3回行われることになっている。




1回めの押し合いを見学した後、任務を終えたメンバー有志と、

勤務を終えたJRスタッフは近くの居酒屋で簡単な慰労会を開催。

そして夜8時半に船戸山神楽を見学に出かけた。

2時間まえにはだれもいなかった境内も集落の人が百人ほど集まっていて、

まさに神楽舞が始まるところだった。


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船戸山神楽は田舎の素朴な伝統神楽から、

明治期に入って伊勢の流れをくむ本格的な神楽舞へと復活し、現在につながっている。

袋津の山ノ下神楽も同じ時期に復活しており、兄弟神楽と言われている。

一説では伊勢のお札を売り歩く「御師 おし」と呼ばれる人から、

教わったとも、伊勢出身の住人から教わったとも言われているが、

詳細は分からない。

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最後の舞は道化役のおかめとヒョットコが獅子の周りでおどけてみせ、

神楽舞は終了した。

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獅子は最後に集まった集落の幼子や子供たちの頭にガブリガブリをくりかえし、

無病息災を祈りながら退場した。



記:Ray次郎

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