統一された調和、混乱した喧騒

2017年8月3日(木)

南米で約2ヵ月、モロッコで21日、エジプトで12日間を旅して、

ドイツのフランクフルトからヨーロッパに入り1週間たった。

特にあのエジプトから移動してきたためだろうか、

ヨーロッパの家々や町並みがとにかく綺麗に見える。

統一された調和がある。

町中の家々も山肌に貼りついている田舎の家々も同じ色の屋根に統一されている。

町中の建物もそうだ。ただ壁の色はおのおの違っているが、それでも調和した美しさがある。

Ray次郎が今回感じたのは、でっぱりのないスッキリ感だ。

町の道路には電柱がない、電線もぶらさがっていない。

どの建物の窓にもエアコンの室外機がない。

そして洗濯物も干されていない。

大都会カイロの何階建かの窓には、室外機がその数だけ設置されていて、

そこから吐き出される水が歩道に落ちてきて、歩行者の頭を濡らすのは当たり前だ。

4年前に3ヵ月旅したインドはさらにすさまじい。

洗濯物をはみ出して干す。電線は大小の太さの線が何本も建物に沿ってはわされ、

電線は、時には歩行者の頭近くまでぶら下がっている。

道路にはゴミが散乱し、だれも片付けない。

エジプトではそれでも昼間に捨てられた歩道や車道の側道のゴミは、

朝になるときれいに片付けられていた。

インドでは道路脇のゴミの溜まり場で野良犬や野良豚が食べ物をあさっていた。

野良犬の死骸が放置されているのを見たこともある。

エジプトとインドで統一感があるのは、この何でもアリの図々しさと、貧しさだ。

日干しレンガで建てられた家もシユロで囲まれた家もうす汚れた色で、今にも崩れ落ちてきそう。

その点においては統一されていると言える。


ヨーロッパは大人で、落ちついた雰囲気があり、お上品。

かたやインドやエジプトはガキツチヨでお下品、混乱と喧騒にまみれている。

人それぞれだろうが、Ray次郎は前者より後者のほうに魅力を感じるのです。

世界の人口70億のうちインド人が13億、中国人が12億、アフリカには何億いるのか分からないが、

そのほとんどは貧困にあえいでいる。

ヨーロッパに入ってシリア難民が物乞いする姿をこれでもかというほど目にした。

優雅に構えて生きているのはほんの一握りの人たちだ。

それを考えれば、

統一された調和の中より、混乱と喧騒の中に身をおく方が

世界の現実と向きあっていることになると思う。

そしてこっちの方がはるかに面白いと感じるのです。

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