新世界より別世界に

2017年9月6日(水)

グランパ、Shjnaさん、Akiさんの3人はプラハから北30Kmにある

北ボヘミヤ地方にあるネラホゼベス村へ出かけた。

プラハからはのどかな田園地帯が続き、気分はすぐボヘミヤ人になった。

駅につくとさっそくドボルザークの生家を訪ねた。

祖父が肉屋、父が旅館を営んでいた家だ。

ドボルザークはこの家で14年間を過ごした。

家の前を走る鉄道が大好きで毎日飽かずに眺めていた。

なのでこの家には当時の鉄道の写真などが展示されている。

ドボルザークは苦学の末にチェコはおろか世界にも名前を知られる存在になった。

アメリカの音楽院院長として招聘されたのは1888年(47歳)、

それから4年間をアメリカで過ごした。

そして1893年にあの有名な「新世界より」が発表された。

アメリカという「新世界より」故郷ボヘミヤへの郷愁を込めて作曲された交響曲は、

日本ではベートーヴェンの「運命」、シューベルトの「未完成」と並んで、

3大交響曲と呼ばれることもある。

クラシックに詳しくない人でも、

「遠~きや~まに日は落ちて、、、」と歌詞をつけられたメローデーを、

小学校の下校時に流された曲で覚えておられるだろう。



彼の郷愁の想いを、列車から見たボヘミヤの田園から想像できた。

生家を見て彼の生涯を回想していた時、「新世界より」の曲が流れ始めた。

Shinaさんは曲に引き込まれ、同じように郷愁のなんたるかを感じたのだろう。

彼女の目から光るものがあふれ、そしてひとすじ、ふたすじ流れ落ちた。




Shinaさんとはもうすでに1週間旅を共にしている。

彼女は、一口に言えば軽妙洒脱、快活で周りを明るくしてくれる存在だ。

その彼女が感極まって、涙を流すとは、、、。

一緒にいたAkiさんも涙は流さなかったまでも、大感動であった。


一方、グランパのほうはというと、昨夜のんだ睡眠薬が

今日の昼になって効き始め、眠くてしかたない。

ふらふらして、座ってはいけない生家にあったイスに座ろうとして注意された。

新世界より別世界へまぎれこみそうになったグランパであった。



Shinaさんはこの話を夕食のときに、真面目にかつ面白おかしく、みんなに披露した。



(記事は事実に基づいていますが、多少脚色してあります。

グランパとShinaさん、ごめんなさい)


コメント

Hanamizukiよ 9月6日 プラハ2日目

新世界より別世界に
Shinaさんのお手柄は駅の脇にある教会を探し当てた事です。

周りには木が鬱蒼と茂っていて余りにも駅の近くにあって皆見過ごしていたのです。この教会の窓からドボルザークは汽車をみていたようです。
教会ではバイオリンを弾いたり聖歌隊で歌ったりしていました。

歩いて数分の高台にベートーベンのパトロンでもあったロブコヴィッツ家のお城があります。ルネサンス様式のお城で村に荘厳な雰囲気を与えています。グランパはこのお城の立派な椅子に吸い込まれたのです。椅子が呼んだのです。

グランパより 9月6日プラハ 歩数16,614

Akiさん、Shinaさんに案内してもらいました。
ドボルザークの生家のある、ネラホゼヴェス村へ、プラハから30km、すっかりのどかな田舎町、電車を降りて徒歩5分。

白い大きな家がドボルザークの生家、今は博物館、入館し楽譜や愛用の椅子などを見、名曲”新世界”がながれ、音響も素晴らしく、聞き惚れ、ついに睡魔に引き込まれそう・・・

頑張って、歩いてすぐの高台にあるネラホゼヴェス城に入城・・・
駅のホームに3羽の艶のいい、放し飼いのニワトリがお見送り!

昨夜12時ころに睡眠導入剤を服用それが昼頃に悪さをしてきて往生、お二人には大変ご迷惑を!

続、14:30にプラハ市内に戻り、市民会館・火薬塔(狭く急な階段)・旧市街広場を通りカレル橋の橋塔(狭く急な階段、47m)・スメタナ博物館と見学5時に宿に戻り夕食、

夜”マリオネット能劇場(伝説芸)”へ(グランパ睡魔に襲われお休み)充実した一日でした。

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