回顧・イスタンブールの夜

2017年7月13日(木)

カサブランカ・ムハンマド五世空港発15:30、

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乗った飛行機はトルコ航空(Turkish Air Line) TK0618便、

世界一周チケットなのでビジネスクラスだ。

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4時間のフライトだが、時差の関係でトルコ国際空港には22時に着いた。

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イミグレを通過しバッグを受取り、タクシーで宿に着いたのは23時を過ぎていた。

明日以降二日間の日程でイスタンブールを駆け足で観光する。

本当はもっとトルコを旅したいと思っていたが、

シリア、イラク、イランといったきな臭い国と国境を接しており、

2015年以来テロで400人以上が死亡している。

最近では昨年2016年6月に起きたアタチェルク国際空港でのテロ爆破、死者45名。

2016年12月、サッカースタジアム近くで起きた爆弾テロ、死者44名

2017年1月1日未明、イスタンブール市内のナイトクラブ・レイナでは銃乱射事件があり、

39名が殺された。

こんな物騒な国に長居は不要だ。

市内にある世界遺産のブルーモスクとアジアとヨーロッパを結ぶガラタ橋だけ見て

さっさとおさらばしよう。


回顧・ひとり旅再開

2017年7月13日(木)

カサブランカのホテルからフアイサルと二人で駅に向かう。

駅前のカフェで朝食をとりながらフアイサルと別れを惜しんだ。

彼の会社にメールを入れてくれないか、とファイサルが言う。

内容はいかにファイサルが観光ガイドとして優秀で、かつ親切にしてくれたか、

知らせてほしいという依頼だった。

会社の評価が上がれば、ガイドの仕事を回してもらうことを期待できるからだろう。



モロッコで過ごした3週間のうち2週間は彼と一緒だった。

確かにガイド付きの旅は宿やらバス、食事など一切の面倒がなく楽だった。

しかし、今思うとこちらから申し出たとは言え、ガイド料は高いし、

オプション選択した砂漠の四駆ツアーや、メデナの公認ガイドはいかにも高かったし、

連れていかれたレストランやバーも高かった。

貧乏旅行をモットーにする旅行者にとってはあまり優秀とは言えない。

親切ではあったが、レイチェルとのことを考えるとある種の強引さも感じる。



これは今朝、デニーから電話があって知らされたことだが、

昨夜のバーでレイチェルが携帯電話を失くしたが、

どうやらファイサルに盗まれたのではないかと、疑っているという。

真偽のほどは分からないし、ファイサルに聞くわけにもいかない。

デニーから電話があったことすら黙っているが、

そんなこともあってファイサルの評価は下がり気味だ。


ともかく、レイチェルのパンティを胸の前で拡げているフアイサルの笑顔が、

彼の最後の写真だった。

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彼とはここで別れ、その後連絡を取っていない。




回顧・私のパンテイ返して!!

2017年7月12日(火)

シヤウエンからカサブランカへ移動。

四人一緒の最後の夜。翌日からはめいめいのスケジュールで旅を続ける。

この記事をアップしている現在日とブログの掲載日がかなりかけ離れてきたので、

はしよって書くことにしました。

「私のパンティ返してよ!」と叫んだレイチェルと、

「返さないよー!」と応えたフアイサルとの二人の恋の結末は

いつか回顧編でアップします。

Ray次郎の旅を早回しで掲載します。

回顧編:

昨夜、ファイサルとレイチェルの間に何かあったことは確かだ。

二人は運転席と助手席にいて隣同士なのに車中でほとんど口をきかない。

ファイサルが日本語で説明した。

デニーとレイチェルはもちろん我々の会話の内容を理解できない。

「イスラムをバカにしてるし、俺の事もバカにしている」とファイサルは言った。

宗教と人種の問題がからむと男女の仲もすぐに冷めてしまうものらしい。

車はカサブランカへめがけて最初は一般道、ラバトという町からは高速道路を走った。

カサブランカに入ってから暗くなったバイパス道路を飛行場へ向けて走る。

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レンタカーは飛行場内にあるレンタカー事務所に返すことになっている。


飛行場には夜8時に着いた。

デニー達はレンタカーの清算があるとかで、飛行場内にある事務所に入っていった。

我々は場外のタクシー乗り場へ向かう。

互いに分かれたすぐ後で、遠くからレイチェルがファイサルに向かって叫んだ。

「私のパンテイー返して!!」

ファイサル、無視して歩く。

「I can't back it to you. こんなところでバッグを開きたくないよ」



夜10時、ホテルから外人専用のバーへ飲みに行くことになったが、

デニーから電話があり、お酒が飲める場所を教えてくれというので、

彼女らの泊まっているホテルに迎えにいき、結局4人で飲むことになった。

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大音声の音楽が流れていて、互いの耳に近づいて話をしないと聞こえない。

1時間半ほどバーで過ごしてホテルに戻った。

レイチェルのパンテイーの決着はつかなかったようだ。

彼女らとはホテルの前でハグをして別れた。






回顧・ブルータウン、シャウエン

2017年7月9日(日)

フエズからシヤウエンまでは200キロほどのドライブ。

砂漠の中に突如現れた湖はスカイブルー。

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農家の家の前には蒲鉾のような形で麦わらが積んであった。

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山越えの九折の道をあいかわらずのスピードでぶっ飛ばすレイチェル。

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何があったか知らないが、フアイサルとは口をきかず、

どこか無視してる感じが伝わってくる。




シヤウエンは、盆地に向かってくだる山肌の斜面にへばりつくように建てられた町だ。

家々はブルーとホワイトに統一されて彩られている。

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このメルヘンチックな雰囲気は言葉で表現するのは難しい。




2017年7月10日(月)

朝食は屋上のテラスで取った。

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ここからブルータウンの町並みが見下ろせる。

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4人で小さなシヤウエンの町を歩く。

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町の中心にある広場から、

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小路に入ると、階段もブルー、両側の壁もブルーに塗られていて、

ブルータウンと呼ばれるのは当然だと思う。

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町を見下ろす丘に建つホテルのプールサイドで休憩。

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ここはフアイサルの会社がよく利用するホテルらしい。

小さくまとまった町全体の景観も異世界のそれのようで、息をのむ美しさだ。

フアイサルとレイチェルは普通の現地人とツーリストの関係に戻ったようで、

べたべたしなくなった。



明日はカサブランカへ400キロの旅。

そこで四人一緒の最後の夜を過ごし、翌日はめいめいのスケジュールに戻ることになる。


回顧・世界遺産の古都フェズ

2017年7月8日(土)

イフレインからフエズまではそう遠くない。2時間ほどのドライブだが、

高原から下界に降りるとまたアラブ世界に戻り、猛烈に暑くなった。

あいかわらずレイチェルの運転は荒くて、スピードの出し過ぎだ。

フエズの町に入りバンプ(減速を促すコブ)でゴツンと車が跳ねた。

しばらく走ってまたゴツン。

「レイチェル ! なんて運転するの!ゆっくり走りなさい!」とデニーが注意した。

早口でレイチェルが言い返したが、なんと言ったかは分からない。

フエズのホテルに着いたが、

レイチェルは誰とも口もきかず、目が吊り上って表情が怖くなっていた。

道中しゃべりずめのデニーもだまつてしまった。

薄々感じてはいたが、レイチェルは感情の起伏が激しい娘だ。

ついでに言うが、彼女の両の二の腕にはバラのタトウー、

右の手首にはラクダ、そこから肘にかけて月の満欠を表す図が

6個のタトウーで描かれていて、鼻には牛にはめるようなリングが填められている。


ホテルの部屋はドミトリー(相部屋)、共用のシャワー室でシャワーを浴びて出たら、

韓国の女子大生が入ってきた。

しばらく旅の話をしたが、ドミトリーに入ってきたイタリア人の若者に中断させられた。

さすがイタリア人、話に割り込んで女の娘とばかり話し、しかも止まらない。




デニーたちはツインベッドに専用のシャワー室がある部屋だ。

フアイサルが予約した公認の観光ガイドがくる時間になったのでロビーに降りた。

デニーたちもシャワーを浴びたらしく、すっきりした顔をして待っていた。

レイチェルの機嫌も直っているようだ。おだやかな顔つきに戻っていた。

韓国の女子学生も降りてきて、ホテルのスタッフに何か聞いていた。

町で声をかけられてお願いしたガイドについて大丈夫か聞いたようだ。

スタッフ、「それは公認のガイドじやないので、

警察に捕まっても自分の責任で対処して下さい」と注意をしていた。


そう言えば、公認ガイドではないフアイサルもこの町に入ってからは

我々と一緒に歩かず、10メートル先を歩いて先導していた。

この町はエセガイドに厳しいのだろう。

公認ガイドがやってきて、英語と日本語で自己紹介。

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英語、フランス語、日本語はモロッコの大学で学び、

さらに日本のJAICAに応募し、島根大学でフランス語を二年間教えたそうだ。

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フエズのメデナ(旧市街)は世界一広い迷路の町として世界遺産に登録されている。

東西2.2キロ、南北1.2キロ。

モロッコ最初のイスラム王朝の都がおかれたところで、

9世紀頃からここを城壁で囲み、

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モスク(800ヵ所)やマドラサ(イスラム神学校)を建てたのが始まりで、

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その後ベルベル人やアラブ人が周辺国からやってきて住みつくようになった。

今はこの中に何万人の人が生活し、店や作業所も四千ヵ所以上ある。

そこはもうれっきとした都市だ。

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メデナに入る入口は何ヵ所もあるが正式な門は1913年に建てられたブー.ジユルード門。

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公認のガイドだけあって歴史やイスラム教について詳しい話をしてくれた。

一夫多妻を認めるイスラム教の戒律に言及したり、

算用数字の成り立ちについても説明してくれた。

迷路には陶器、真鍮細工品、衣服、スパイス、革製品、お土産、雑貨と何でも揃っている。

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肉屋さんでぶら下がっている豚肉、オスのほうが価格が高いのだそうで、

見分けがつくようにちゃんとオスのシンボルを残してある。

これも食べられるそうだが、、、、?


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道幅が狭いのに、軒先にこれでもかと製品を並べているので、歩き難いことこの上ない。

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ガイドなしではとっても歩いて回れない迷路の連続だ。

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迷路の主役はロバ。優しい顔をしてゆっくりと荷物を運んでいる。

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ガイドが連れて行ってくれたレストランでクスクス料理を一人前たのみ三人でシェア。

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それでも料理は残った。

最後に行った所は革製品のショップ。

ところ狭しと展示してある革製品のショップがある1階、2階を素通りして、

三階のテラスに行くと、真下になめした革を染色する作業所が見えた。

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タンネリと呼ばれる場所でメデナの中でも観光客が必ず立ち寄るところだ。

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店主の話によればなめし職人たちは世襲で、何代にもわたってここで働いている。


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レイチェルはそれより革のジャケットのほうが気になるらしく、

あれを着たり、これを着たり、別のデザインや別の色のジャケットを

持ってきてもらったりだが、結局買わないで店を出た。



テラスから眺めたフェズの古い町並み。

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モロッコはやたらと猫を目にするが、めったに犬には会わない。

テラスで居眠りするネコたち。

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NHKが放送している岩合さんの「世界ネコ歩き」でもモロッコのネコが、

まちの雰囲気とマッチして絵になっていた。

メデイナの通りで気持ちよさそうに寝込むネコ。

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4時間の迷路歩きが終わってホテルに戻ったのは午後4時。

デニーが疲れたからと言ってレイチェルと一緒に部屋に引き上げた。

その間にフアイサルに案内されて自宅を訪問し、お母さんに会った。

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その後床屋さんで散髪をすませた。

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旅に出てから2回目の散髪。1回目のチリでは散髪料700円。

ここは2,500円もした。ドミトリーの宿泊代1,000円と比べると高い。

もっと田舎に行けば半額以下だとおもうが、

それともボラれたのか?外人観光客が多い観光地では仕方ないか。

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夜は新市街のバーレストランで会食。

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フアイサルとレイチェルはそれからどこかへ消えたが、

親年代のRay次郎とデニーはおとなしくホテルに帰った。