みんなと別れて独り旅を再開

2017年7月12日(水)

カサブランカのホテルからフアイサルと二人で駅に向かう。

デニー親子とは同じホテルだったが、昨日の深夜に別れのハグはすませてある。

駅前のカフェで朝食をとりながらフアイサルと別れを惜しんだ。

レイチェルのパンティを胸の前で拡げているフアイサルの笑顔が、最後の記念写真だった。

フアイサルは空港に妹たちを出迎えに向かい、

Ray次郎は一人残されて予約していたホテルに向かった。

独り旅がここから又始まった。

早回しでカサブランカへ

2017年7月12日(火)

シヤウエンからカサブランカへ移動。

四人一緒の最後の夜。翌日からはめいめいのスケジュールで旅を続ける。

この記事をアップしている現在日とブログの掲載日がかなりかけ離れてきたので、

はしよって書くことにしました。

「私のパンティ返してよ!」と叫んだレイチェルと、

「返さないよー!」と応えたフアイサルとの二人の恋の結末はいつか回顧編でアップします。

Ray次郎の旅を早回しで掲載します。

ブルータウン、シヤウエン

2017年7月9日(日)

フエズからシヤウエンまでは200キロほどのドライブ。

山越えの九折の道をあいかわらずのスピードでぶっ飛ばすレイチェル。

何があったか知らないが、フアイサルとは口をきかず、どこか無視してる感じが伝わってくる。

シヤウエンは、盆地に向かってくだる山肌の斜面にへばりつくように建てられた町だ。

家々はブルーとホワイトに統一されて彩られている。

このメルヘンチックな雰囲気は言葉で表現するのは難しい。

2017年7月10日(月)

小さなシヤウエンの町を歩く。

小路から上っていく階段も真っ青、両側の壁も真っ青、立ち止まっては写真を撮る。

町を見下ろす丘に建つホテルのプールサイドで休憩。

ここはフアイサルの会社がよく利用するホテルらしい。

小さくまとまった町全体の景観も異世界のそれのようで、息をのむ美しさだ。

フアイサルとレイチェルは普通の現地人とツーリストの関係に戻ったようで、べたべたしなくなった。

明日はカサブランカへ400キロの旅。

そこで四人一緒の最後の夜を過ごし、翌日はめいめいのスケジュールに戻ることになる。

世界遺産、フエズの迷路を歩く

2017年7月8日(土)

イフレインからフエズまではそう遠くない。2時間ほどのドライブだが、

高原から下界に降りるとまたアラブ世界に戻り暑くなった。

あいかわらずレイチェルの運転は荒くて、スピードの出し過ぎだ。

フエズの町に入りダンプ(減速を促すコブ)でゴツンと車が跳ねた。

しばらく走ってまたゴツン。

「レイチェル、なんて運転するの!ゆっくり走りなさい!」とデニーが注意した。

早口でレイチェルが言い返したが、なんと言ったかは分からない。

フエズのホテルに着いたが、レイチェルは口もきかず目が吊り上って表情が怖くなっていた。

道中しゃべりずめのデニーもだまつてしまった。

薄々感じてはいたが、レイチェルは感情の起伏が激しい娘だ。

ついでに言うが、彼女の両の二の腕にはバラのタトウー、

右の手首にはラクダ、そこから肘にかけて月の満欠を表す図が6個のタトウーがで描かれていて、

鼻には牛のようにリングが填められている。


ホテルの部屋はドミトリー、共用のシャワー室でシャワーを浴びて出たら、

韓国の女子大生が入ってきた。

しばらく旅の話をしたが、ドミトリーに入ってきたイタリア人の若者に中断させられた。

話に割り込んで女の娘とばかり話しかけ、止まらない。


デニーたちはツインベッドに専用のシャワー室がある部屋だ。

フアイサルが予約した公認の観光ガイドがくる時間になったのでロビーに降りたら、

デニーたちもシャワーを浴びたらしく、すっきりした顔をして待っていた。

レイチェルの機嫌も直っているようだ。

韓国の女子学生も降りてきて、ホテルスタッフに町で声をかけられてお願いしたガイドについて話をしていた。

スタッフ、「それは公認のガイドじやないので、

警察に捕まっても自分の責任で対処して下さい」と注意をしていた。


そう言えば、フアイサルもこの町に入ってからは我々と一緒に歩かず、10メートル先で先導していた。

この町はエセガイドに厳しいのだろう。

公認ガイドがやってきて、英語と日本語で自己紹介。

英語、フランス語、日本語はモロッコの大学で学び、

さらに日本語はJAICAに応募し、島根大学でフランス語を二年間教えたそうだ。

フエズのメデナ(旧市街)は世界一広い迷路の町として世界遺産に登録されている。

東西2.2キロ、南北1.2キロ。

モロッコ最初のイスラム王朝の都がおかれたところで、

9世紀頃からここを城壁で囲みモスク(800ヵ所)や

マドラサ(イスラム神学校)を建てたのが始まりで、

その後ベルベル人やアラブ人が周辺国からやってきて住みつくようになった。

今はこの中に何万人の人が生活し、店や作業所も四千ヵ所以上ある。

そこはもうれっきとした都市だ。

メデナに入る入口は何ヵ所もあるが正式な門は1913年に建てられたブー.ジユルード門。

公認のガイドだけあって歴史やイスラム教について詳しい話をしてくれた。

一夫多妻を認めるイスラム教の戒律に言及したり、

算用数字の成り立ちについても説明してくれた。

迷路には陶器、真鍮細工品、衣服、スパイス、お菓子、革製品、お土産雑貨と何でも揃っている。

道幅が狭いのに、道先にこれでもかと製品を並べているので、歩きにくいことこの上ない。

迷路のデリバリーの主役はロバ。優しい顔をしてゆっくりと荷物を運んでいる。

ガイドが連れて行ってくれたレストランでクスクス料理を一人前たのみ三人でシェア。

それでも料理は残った。

最後に行った所は革製品のショップ。

三階のテラスに行くと、真下になめした革を染色する作業所が見えた。

タンネリと呼ばれる場所でメデナの中でも観光客が必ず立ち寄るところだ。

レイチェルはそれより革のジャケットのほうが気になるらしく、

あれを着たり、これを着たり、別のデザインや別の色のジャケットを持ってきてもらったりだが、

結局買わないで店を出た。

アーア。

4時間の迷路歩きが終わってホテルに戻ったのは午後4時。

デニーが疲れたからと言ってレイチェルと一緒に部屋に引き上げた。

その間にフアイサルの自宅を訪問しお母さんに会い、その後床屋さんで散髪をすませた。

夜は新市街のバーレストランで会食。

フアイサルとレイチェルはそれからどこかへ消えたが、

親年代のRay次郎とデニーはおとなしくホテルに帰った。

イフレインの夜、パンティが記念?

2017年7月8日(土)

朝4時、喉が渇いて目が覚めた。手元に水がなかったので、

隣のシングルルームに寝ているフアイサルの部屋のドアを開けた。

なっ、なんと二人いる。ひとりはフアイサル、もうひとりはレイチェル。

上半身だけが掛け布団から出ているので毛むくじやらなフアイサルの胸と、

小振りなレイチェルの胸がふたつ並んで見えた。

ボトルの水をもらって自分の部屋に戻った。

二度寝の後、朝8時に起きるとフアイサルも起きてきたが、レイチェルの姿はもうなかった。

ふたりで早くはないが早朝散歩、イフレインの町をぶらぶら歩く。

「フアイサル、昨日の夜レイチェルと一緒だったね。」

「そうだよ、結ばれちやったよ。こんなことや、あんなことしてね。」

フアイサル、そんな具体的なことは訊いてないよ!

「結ばれた」にしてもフアイサルの口から出たのは別な言葉だったのを変えた表現にしたのに、

「具体的」は尚のこと書けない。

これまで敬虔なモスリムと紹介してきたのに、少しずつ本来のキャラが出てきたようだ。

それにしてもツインベッドの部屋で一緒のはずのデニーはこの事を知っているのだろうか?

気づかないはずはないのに黙認か?


レイチェルはエチオピアに恋人がいるらしいが、彼からの干渉が激しくて、

このところ喧嘩ばかりしているらしい。

レイチェルがひとりで寝るのが淋しいと言って来たんだ。

デニーや離婚した父親の話、恋人の話を聞かされたよ。

記念に彼女のパンティをもらったよ、
フアイサルは最後にそう言って寝物語を終えた。